| 薩摩の田の神さあ9 (指宿市) |
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| 指宿の田の神像は山川石という、風化した軽石を多く含んでいる凝灰岩に彫られている。山川石は黄色みを帯びた石で、加工しやすく指宿周辺では石垣など多くの石造物に使われている。従って、指宿の田の神像はすべて黄色みを帯びた像である。山川石は風化しやすいので顔などの細かい表情などが残っていないのが残念である。池田湖を望む棚田に立つ新永吉の田の神など南国の美しい風景にとけ込んだ指宿の田の神像は他の地域の田の神像と違った魅力がある。 |
| 新永吉の田の神 |
| 鹿児島県指宿市池田新永吉 |
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| 池田湖の東北岸の緩やかな斜面に広がる棚田が新永吉の棚田である。その昔,清見岳山上の城主・池田信濃守が,石を積んで棚田にしたのが始まりと伝えられている。棚田の中には,田の神がまつられている。棚田とともに池田湖と開聞岳の美しい景観が楽しめる。訪れたときは田植えの前で各水田に水が張られていて水田と池田湖の水面が美しく映えていた。 |
| 新永吉の田の神1 |
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| 新永吉の棚田には3体の田の神像が祀られている。その内、二体はほぼ完全な姿で残っている。うち一体はシキの一部が壊れている以外、風化が少なく、表情がよく残っている。着衣から足を出して屈み、メシゲを大事そうに右手で抱えるように持った田の神で、顎の出た顔で細いやさしそうな目の田の神である。ツトを背負った田の神の眼下には棚田と池田湖が広かっている。 |
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| メシゲを抱えて中腰で田の神舞を踊る田の神像であるが、支え石が残っていて中腰というより腰かけているように見える。 |
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| 新永吉の田の神2 |
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| 二体目の田の神は棚田のところどころに残っている岩の上にまつられている。画像の左の大きな岩の上に乗っているのがそれである。 |
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| 正面から撮影したかったのであるが、さすがに水の張った棚田の畔に踏み込むことはためらわれたので、側面からの写真となった。 |
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| 仮屋の田の神 |
| 鹿児島県指宿市池田仮屋 |
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| 道ばたの大きな木の下に立つ「仮屋の田の神」は大きく丸いシキをかぶり、左手に大盛のご飯を乗せたお椀を持った僧型立像の田の神である。右手の持ち物はわからないがメシゲを持っていたのかもしれない。ただ、右手は見ようによればメシゲでお椀の飯を押さえているにも見える。訪れたときは、美しい花か供えられ、像の背後には田植え前の田と美しく咲いた桜の木々が見えて美しい風景であった。 |
| 大迫の田の神 |
| 鹿児島県指宿市池田大迫 「明治40年(1907)」 |
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| 大迫の田の神は開聞岳が見られる池田湖近くの美しい田園の中にたたずむ田の神で大きなメシゲとツトを背負って、両手を足の膝に置く。顔が大きくこわれているのが惜しい。「明治40年(1907)」の紀年銘がある。 |
| 宮の田の神 |
| 鹿児島県指宿市東方 宮 |
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| 田ノ神依代椋ノ木と田の神石像 |
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| 宮の田の神は揖宿神社の近くの大きなムクノキの下に祀られている。このムクノキはお田植祭の時に田の神の依代(よりしろ)になった木でムクノキが田の神の御神体として信仰されている。その御神体のムクノキの下に大正8年(1919)に石造の田の神も安置された。右手にメシゲ、左手に神楽鈴を持つ珍しい像で、丸顔で愛らしい田の神である。 |
| 麓上の田の神 |
| 鹿児島県指宿市岩本 麓上 |
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| NHK大河ドラマで有名になった篤姫ゆかりの地、今和泉にある麓上の田の神は、像高140pを越える大型の田の神で髪を垂らした様な大きなシキをかぶって、両手でメシゲを持って立っている。大きなツトを背負う。 |
| 柳田公民館の田の神 |
| 鹿児島県指宿市十二町柳田 |
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| 「柳田公民館の田の神」は、像高国道226号線の「柳田」交差点にある柳田公民館の庭に安置されている。像高66pの大きなシキをかぶり、右手にメシゲを持った田の神像である。 左手は破損していて持ち物などはわかない。(左手近くにメシゲのヘラの部分が来ているので、左手もメシゲを持っていたのでは?)脚が短くバランスがよくないで、腰掛像とも考えられますが、おそらく中腰で田の神舞をする姿ではないでしょうか。指宿市の田の神は山川石という、風化した軽石を多く含んでいる凝灰岩で造られているため風化しやすく、顔が損傷している像が多くこの像も例外ではない。 |
| 木ノ下の田の神 |
| 鹿児島県指宿市東方木ノ下 |
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| 「木ノ下の田の神」は像高85pで小さなシキをかぶり、裁着け袴をはいた田の神である。手首部分の破損が進みわかりにくいが、右手はメシゲを持ち、左手はお椀様なものをもっている。市文化財の「成川の田の神」とよく似たしっかりとした造形の田の神像である。横には市の文化財の島津斉彬公堀井碑2基がある。 |
| 成川の田の神 |
| 鹿児島県指宿市山川成川 |
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| 成川の田の神1 「明和8年(1771)」 |
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| 成川の田の神2 「大正15年(1926)」 |
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| 指宿市山川町成川には市の指定有形民俗文化財の成川の田の神がある。明和8年(1771)に像立されたもので、シキをかぶり裁着け袴をはいた農民風の田の神で、説明板には右手にメシゲ、左手に小さなだんごのような物を持つとされているが破損が進みよくわからない。痛みがひどいが安定感のあるしっかりとした造形の田の神像である。この像の左には顔も体型も丸いメシゲと椀を持つ田の神像がある。右の像を参照して造立されたと思われる。台座に大正15年(1926)の紀年銘がある。 |
| 中福良の田の神 |
| 鹿児島県指宿市十二町柳田 |
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| 「中福良の田の神」は「麓上の田の神」の並ぶ大型の立像でやさしそうな瓜実顔で、長袴をはいてツトを背負った田の神である。袖からでた手は損傷し持ち物はわからない。うりざね顔、一部破損したシキが髪のように見え一見すると女性の田の神にも見える。隣には頭部と手を失った田の神石像が置かれている。 |
| 大坪尻の田の神 |
| 鹿児島県指宿市西方二月田大坪尻 |
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| 「大坪尻の田の神」は介護老人保健施設の指宿温泉ケアサポートの西に広がる荒れ地の中にある。高さ62pの船型の石材の前面を厚肉彫りした田の神像で長い袴をはいている。両手で何かを持っているようであるが破損が進み何かわからない。 一見すると舟形光背を背負った地蔵菩薩立像に見える。指宿市のホームページの「いぶすきふるさとマップ」では持ち物は宝珠のようなものと記載しているのでより地蔵の可能性があるようにも思えたが、側面からからこの像を見ると、光背と思える上の部分は頭の上に乗るように彫られていて、シキをかぶっていることがわかり、やはり田の神像のようである。像の隣に裁着け袴をはいた下半身だけの田の神像の残骸がある。 |
| 玉利の田の神 |
| 鹿児島県指宿市指宿市東方玉利 |
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| 「玉利の田の神」は民家の他、老人介護施設・ガラス工房・窯元などが点在する畑作地の畑の中にある。大きなシキをかぶった座像の田の神像である。目鼻や手首、かぶったシキの前面など破損が目立つがしっかりとしたフォルムは残っている。両手が壊(こわ)れて、持ち物がわかない。風化が進み、その都度修理されていたようで修復のあとが残る。横に田の神像と同じく山川石でつくられた風化の進んだ灯篭と思われるものが残っている。 |