| 薩摩の田の神さあ7 (日置市) |
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| 日置市は2005年、日置郡の東市来町、伊集院町、日吉町、吹上町が合併し誕生した。このページでは東市来町の田の神を中心に紹介する。日置市東市来町には2体の県指定有形民俗文化財に指定された田の神像がある。一体は「元養母の田の神」で、神像型立像で笏を持ち冠をかぶる像である。もう一体は「湯之元の田の神」で、シキをかぶり、右手にメシゲ、左手に椀を持つ田の舞型田の神である。 |
| 元養母の田の神 |
| 鹿児島県日置市東市来町養母元養母 「明和6年(1769)」 |
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| 鹿児島県の薩摩地方の神官型の田の神で特色あるものとして神像型立像がある。延享4年(1747)の紀記銘がある「坂下の田の神」や明和6年(1769)の紀年銘のある「元養母の田の神」がそれである。 「元養母の田の神」は笏を持ち冠をかぶる像高86pの像で、下に垂れる纓(えい)も表現している。眉のつり上がった顎髭をはやした憤怒相の顔が残っていて、長い袖などの着衣の線も伸びやかで神像型立像の田の神を代表する像である。「奉造立田之神一躰」「明和六年 巳丑 十二月吉日 庚申講人数相中」の刻銘があり、庚申講の供養のために作られたことがわかる。「養母の田の神」として県の有形民俗文化財に指定されている。 |
| 元養母の田の神2 |
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| 「元養母の田の神」の隣にもう一体、神像型立像がある。「元養母の田の神」と同じく憤怒像で笏を持ち冠をかぶる像であるが「元養母の田の神」より小型である。 |
| 湯之元の田の神 |
| 鹿児島県日置市東市来町湯田中央 「元文4年(1739)」 |
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| 「湯之元の田の神」はメシゲと椀を持った田の神舞型の田の神で、宮内の田とともに県の有形民俗文化財に指定されている。左手で椀を抱えるように持ち、右手で持つメシゲはのワラの編目がていねいに刻まれた笠状のシキの上にのせている。表情豊かに笑っている顔が印象的である。袴は前から見ると裁付袴で後ろから見ると長袴になっている。「宮内の田の神」より古い「元文4年(1739)」の紀年銘を持つ。 |
| 竪山の田の神 |
| 鹿児島県日置市東市来町湯田竪山 「昭和63年(1968)」 |
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| 田の神の信仰は今でも続いていて、昭和時代には多くの田の神像が造られた。個性的な秀作の田の神も多くあり、そのうちの一つが「堅山の田の神」である。右手で魚のような形をした大きなメシゲをかかげ、左手で大盛りの飯椀を持った田の神で、野良の着ような着衣で、袴をはいていない。大きな手て今までの苦労を噛みしめ静かに笑っている無骨な働き者の農夫という印象の田の神である。台座に「田之神 二代目龍哲作」「昭和63年(1988)4月吉日 建之」の刻銘がある。 |
| 竪山の田の神2 |
| 鹿児島県日置市東市来町湯田竪山 |
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| 堅山にはもう一体、田の神像がある。この像も「竪山の田の神」と同じく。シキをかぶり右手でメシゲを掲げ、左手で飯椀を持った田の神である。この田の神は昭和に作れた「竪山の田の神」のような凝った田の神像ではなくプリミティブな表現の像である。顔は面長でモアイ像や北条五百羅漢を思わせる。 |
| 皆田西の田の神 |
| 鹿児島県日置市東市来町湯田皆田西 |
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| 「皆田西の田の神」は酒や米や日用品を売る小さな商店や簡易郵便局などがある皆田西の集落の北西の端の山沿いの水田の中にある。「堅山の田の神」とよく似た表現の像で、「堅山の田の神」以上に大きなメシゲをかかげている。顔は堅山の田の神より穏やかな表情である。「堅山の田の神」と同じ頃作られた田の神ではないだろうか。(リニューアルするにあたってネットで調べていると皆田西にもう一体「堅山の田の神」の神に似た田の神があるのに気が付いた。こちらは霧島神社の西の田んぼの中にある。) |
| 笠ヶ野の田の神 |
| 鹿児島県日置市日吉町日置笠ヶ野 「宝暦7(1757)年」 |
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| 「笠ヶ野の田の神」は、自然石に舟型の彫り窪みをつくり、大きなメシゲを持つ田の神を半肉彫りにした田の神で、宝暦7(1757)年の紀年銘がある。船型碑の地蔵の錫杖を大きなメシゲに替えて彫った仏像型立像の田の神像ではないだろうか。 |
| 扇尾の田の神 |
| 鹿児島県日置市日吉町吉利扇尾 |
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| 「扇尾の田の神」は扇尾保育所の北北西0.3qの道路脇に記念碑とともに立っている。大きな傘状のシキをかぶり僧衣らしきものを着た田の神像である。両手が破損していて持ち物がわからないが、メシゲと椀を持った像と思われる。 |