| 薩摩の田の神さあ6 (いちき串木野市) |
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| 旧串木野市には旧川内市と同じように道祖神のように男女二神を並立して浮き彫りにした男女並立型浮き彫り像の田の神像が多くある。「福薗の田の神」や「河内の田の神」・「流鏑馬原(てきなん)の田の神」などがそれである。これらの田の神は旧川内市の「一条殿の田の神」などに比べると、彫りが深く、浮き彫りというより半肉彫りでより立体的な表現になっているのが特徴である。「袴田の田の神」は旧川内市の「井上の田の神」と同じく台石でつながった一石双体の丸彫りの田の神である。 他にいちき串木野市の特色ある田の神として神像型立像の田の神の「坂下の田の神」や顔が小さく袴が大きく広がり安定した姿の田の舞型の田の神の「川上の神像」などを紹介する。 |
| 河内の田の神 |
| 鹿児島いちき串木野市上名河内 「万延元年(1860)」 |
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| 薩摩川内市に接するいちき串木野市にも一石双体の並立の田の神像が多くある。「河内の田の神」は高さ1mを超える方形の石材に笠状のシキを被った大きなメシゲを持った像と烏帽子姿で両手で笏を持った神官姿の像を半肉彫りした一石双体の並立の田の神像である。顔はともに風化が進んでいて表情はわからない、衣装などの表現は形式的で写実性に乏しい。しかし、それがこけし人形のような素朴な味わいとなっていて味わいがある。 |
| 福薗の田の神 |
| 鹿児島いちき串木野市上名福薗 「文久2年(1862)」 |
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| 「福薗の田の神」は南方神社の二つの鳥居の前にあり、将棋の駒のような形の石材の三角にとがった部分と台座を残して、その間に右手に神楽鈴を持った僧姿の神とシキをかぶりメシゲと飯椀を持った神を半肉彫りしたもので、石材の大きさは1mを越える大型の像でが迫力がある。 旧川内市内の一石双体の並立の田の神像はシキをかぶりメシゲを持った着物姿の像が女神、烏帽子をかぶった像を男神とするのが一般的であるが、雑多な変化があり、両方と男神と思えるものも見られ、一概に言えない。「福薗の田の神」はシキ被りメシゲ持ちの像は裁着け袴を着けているので男神に見え、着物姿の神楽鈴持ち像が女神らしく見えるが、神楽鈴持ち像は坊主頭のように見え何とも言えない。 |
| 鏑楠(てきなん)の田の神 |
| 鹿児島県いちき串木野市生福鏑楠 「天保13年(1842)」 |
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| 「鏑楠の田の神」は市の文化財に指定されている一石双体の並立の田の神像で、高さ1mほどの方形の石材に台座を残して、並立で2~を浮き彫りしたものである。 右神はシキをかぶり、右手にメシゲ、左手に椀を持ち、左~は大きな神楽鈴を両手で抱えるように持ち、髪を大垂髪(おすべらかし)にしている。右~は男神、左神は女神であることは明らかで、厚肉彫りで写実的な表現の優れた一石双体の並立の田の神像である。 |
| 袴田の田の神 |
| 鹿児島県いちき串木野市上名袴田 「文久2年(1862)」 |
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| 「袴田の田の神」は、丸彫りの二神並列の田の神像で男女並立型浮き彫り像を母体として生まれたものと思われる。二つの像は台石でつながっていて、右が男神で笏を持つ、左は女神でシキをかぶり、メシゲと椀を持った僧形である。右の神もシキをかぶったように見えるが、頭部は後の補ったものと思われる。背後から見ると右の神には下に垂れる纓が胴体部分に残っている。稚拙な表現であるが、水田を見守る2体の田の神像は豊作を願う農民の気持ちが込められた印象的な田の神像である。丸彫りの二神並列の田の神像は他に、薩摩川内市網津町井上にも見られる。 |
| 坂下の田の神 |
| 鹿児島県いちき串木野市上名坂下 「延享4年(1747)」 |
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| 鹿児島県の日置市やいちき串木野市周辺の特色ある田の神像として神像(神官)型立像の田の神がある。いちき串木野市生福の五反田川に面した段丘上に立つ「坂下の田の神」はそのような神像型立像の田の神である。県の民俗資料有形文化財に指定されている日置市の「元養母の田の神」の神明和6年(1769)より古い延享4年(1747)の記銘を持ち、神像型立像の田の神としては初期の頃の田の神である。 衣冠束帯姿で胸の前で笏を持ち、頭には冠を被り、纓(えい)は背に長く垂れている。顔は摩滅してわからないが顎髭は残っていて、「元養母の田の神」と同じように忿怒相であったと思われる。「元養母の田の神」と比べると着衣の線は単純で堅く、伸びやかさに欠けるが、丘の上から五反田川を見下ろすように立つ姿は威厳がある。 |
| 川上の田の神 |
| 鹿児島県いちき串木野市川上 「天保7年(1836)」 |
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| 「川上の田の神」は、神職姿で、シキをかぶりメシゲと椀を持った像で、顔が小さく袴が大きく広がり安定した姿に特徴がある。 シキはあご紐でくくり、メシゲは右手でやや斜めにして立てて持ち、左手で椀を 右手と同じ位置で持つ。この姿は近くの鏑楠(てきなん)の田の神や福薗の田の神などの一石双体の田の神の向かって右の像と共通する。 |
| 中組の田の神 |
| 鹿児島県いちき串木野市川上中組 「明治7(1874)年」 |
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| 「川上の田の神」から2qほと南の水田のはずれに「中組の田の神」はある。「川上の田の神」と同じく顔が小さく袴が大きく広がり安定した姿である。シキをあご紐でくくり、右手にメシゲ、左手に椀を持つ。 「明治7(1874)年」の記銘があり、「川上の田の神」などを参考にして造立されたものと思われる。「川上の田の神」に比べると顔は小さく、衣装も直線的で写実性に乏しく、こけし人形のようである。しかしそのこけし人形のような表現が、石の持つ素材の力を引き出し、この田の神の魅力となっている。 |
| 高見町の田の神 |
| 鹿児島県いちき串木野市高見町 |
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| 「高見町の田の神」は串木野駅南の駅下公園に安置されている。台形型の石材の前面いっぱいに深い彫り窪みをつくり、右手でメシゲを掲げ、左手で椀を持つ立つ田の神像を半肉彫りしたもので、白で彩色し黒で目鼻を描き周りを縁取りしている。たれ目の穏やかな顔に描かれていて好感が持てる。 |
| 野元の田の神 |
| 鹿児島県いちき串木野市下名野元 「天保15年(1844)」 |
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| 「野元の田の神」は串木野西中学校の西の小さな川沿いの水田地帯の畑の中にある。 |