大隅の田の神さあ5
(霧島市T 隼人地区・国分地区1)
 霧島市は平成の大合併よって2005年に国分市・隼人町・福山町・溝辺町・横川町・牧園町・霧島町の1市6町が合併して誕生した。人口及び面積ともに鹿児島県下第2位の自治体である。「大隅の田の神さあ5」は霧島市の隼人地区と国分地区の田の神さあを紹介する。霧島市で唯一、県指定有形民俗文化財それている田の神は隼人町の大隅国一之宮の鹿児島神宮の神田の奥に祀られている「宮内の田の神」である。メシゲと椀を持って田の神舞を踊る田の舞型田の神の代表的な田の神像である。隼人町の「見次の田の神」は両手でメシゲを持った田の舞型の田の神である。国分湊の「湊の田の神」は大隅半島でよく見かける右膝を半ば立てた趺座の田の神で、穏やかに微笑えんでいる。国分重久の「重久の田の神」は大国天型の田の神である。この地方で特色ある田の神としてあげられるのが昭和期に造られた右手でメシゲを立てて持ち、左手で椀を持って、袴をはいて腰かけているように見える中腰の田の神である。隼人町小浜の「埒上の田の神」・「早鈴神社西の田の神」や国分上小川の「森ノ木の田の神」などである。丸顔で微笑む顔が愛らしい田の神である。



宮内の田の神
鹿児島県霧島市隼人町内山田  「天明元年(1781)」
 宮内の田の神は漆の田の神とともによく知られた田の神舞型の県指定の有形民俗文化財の田の神像である。大隅国一之宮の鹿児島神宮の神田の奥に祀られていて、五月五日に行われる御田植え祭りにはこの前で田の神舞が行われる。
 自然の岩のような台石の上に右足を右足を踏み上げるにして中腰で立ち、右手でメシゲをかかげ持ち、左手で椀を抱えるように持っている。袂の短い上衣に、両膝の丸く膨れた裁着け袴をはく。被った大きなシキは風にあおられて波打っていて、動きがありみごとに田の神舞を踊る姿を表している。顔は顎髭があり翁風の顔立ちである。シキの背後に「天明元辛丑天九月吉日 正八幡宮田神 沢正納右衛門」の刻銘がある。



見次の田の神
鹿児島県霧島市隼人町見次
 見次地区集会施設の広い前庭にあるコンクリート製の祠に「見次の田の神」は安置されている。像高48pの田の舞型の田の神である。両手でメシゲを抱えるように持って右足を半歩踏み込んで中腰で田の神舞を踊る。口と着衣の襟に赤い色が残っている。



野久美田の田の神
鹿児島県霧島市隼人町野久美田
 野久美田公民館にある「野久美田の田の神」は像高43pの右手てメシゲ、左手で椀を持った田の神立像で、目鼻や持ったメシゲや椀などを板彫り風に彫った素朴な表現の像である。額のシワまではっきりと顔の表情がわかる。



   
早鈴神社西の田の神(里上の田の神)
鹿児島県霧島市隼人町小浜埒 里上 「昭和6(1931)年」
 霧島市隼人町小浜埒地区とその近くには丸顔で右手でメシゲを立てて持ち、左手で椀を持って、袴をはいて腰かけているように見える中腰の田の神が4体ほどみられる。その代表といえるのが早鈴神社の西190mの五差路にある「早鈴神社西の田の神」である。像高55pで丸顔で静かに微笑む顔が印象に残る。
 台座に「昭和六年三月建立 石工矢野秋男」の刻銘がある。日豊本線の線路を挟んで早鈴神社の南にある同じ作風の「早鈴神社南の田の神」に「2月寄附 小浜 矢野秋男」の銘があるので矢野秋男は地元の石工であることがわかる。Google Mapsなどネットでは「里上の田の神」の名にしているのが多いが、ここでは霧島市教育委員会刊の「霧島市の田のかんさぁ」に従って「早鈴神社西の田の神」とした。



埒上(らちうえ)の田の神
鹿児島県霧島市隼人町小浜埒 「昭和初期」
 小さな墓地の側の田の畦に祀られている「埒上(らちうえ)の田の神」も矢野秋男の作である思われる。「早鈴神社西の田の神」よりやや小さい像高44pの像で子どものような愛らしい顔の田の神像である。



 
森ノ木の田の神
鹿児島県霧島市国分上小川森ノ木  「昭和31年(1956)」
 戦後になっても、開墾や耕地整理等を記念し、豊作を願って、田の神像は作られた。そのような田の神が霧島市国分の上小川の水田に祀られている森ノ木の田の神である。田の神の背後には美しい水田が広っている。隼人町小浜の「早鈴神社西の田の神」と同じく丸顔で右手でメシゲを立てて持ち、左手で椀を持って、袴をはいて腰かけているように見える中腰の田の神である。丸顔に庶民的な笑顔は「早鈴神社西の田の神」などと一緒であるが巧みな目・鼻・口の表現は「早鈴神社西の田の神」などよりより近代的かつ個性的である。台座に詳しくこの水田の由来や耕地整理の歴史が詳しく記銘されている。最後に「昭和三十一年十月一日建設」の紀年銘と建立者の名前が刻まれている。



湊の田の神
鹿児島県霧島市国分湊
 「湊の田の神」は大隅半島でよく見かける右膝を半ば立てた趺座の田の神で斜めに被った大きなシキと、穏やかに微笑んだ顔が印象的な像である。造立年代は不明で同じ台の上に水神碑が立っている。近くの国分赤川にも同じ様式、作風の田の神があり、この像も左隣に水神碑が立っている。



重久の田の神
鹿児島県鹿児島県霧島市国分重久1758-3 
 霧島市国分の「重久の田の神」は、大黒頭巾をかぶり、米俵の上に乗った像で一見すると典型的な大黒天像である。しかし、よく見ると右手に持つのは打ち出の小槌ではなくメシゲ(しゃもじ)で担いでるのは袋ではなく稲穂である。



大隅の田の神さあ4 大隅の田の神さあ6