| 令和8年6月28日 近くの水田地帯にて |
| 28日に撮影したオギ原のオオヨシキリと川の堰にいたサギ類を載せました。 |
| オオヨシキリ |
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| 遊水池予定地の耕作放棄地のオギ原のオオヨシキリです。 |
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| オオアレチノギクにもとまっていました。 |
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| 防犯灯の上でも鳴いていました。 |
| ダイサギ・コサギ・アオサギ・アカミミガメ |
| 水田地帯を流れる小さな川の堰にダイサギ・コサギ・アオサギがよくいます。(魚を食べないアマサギ・チュウサギは見られません。) |
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| ダイサギてす。 |
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| コサギてす。 |
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| アオサギてす。下にいる亀は生態系被害防止外来種のアカミミガメです。この川では大量繁殖していていつも見られます |
| 令和8年6月29日撮影 少し遠くの大きな公園近くの空き地にて |
| コアジサシ親子 |
| 久しぶりにコアジサシの営巣地に行きました。子育てが終わってコアジサシが営巣地からいなくなっているのかもしれないと思いながら大きな公園近くの空き地を訪れたのですが がまだコアジサシの親子はいました。ただ、雛たち大きくなって親からすこし離れた場所にいることが多くなっていました。 |
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| 令和8年6月29日 大隅の田の神さあ 東串良町の田の神1 |
| 中園の田の神 |
| 鹿児島県肝属郡東串良町川東中園 「明治42(1909)年」 |
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| 田の神像が造られ広まった18世紀・19世紀初頭を中心に田の神像を取り上げてきたが、その後も多くの田の神像が造立された。明治以降、昭和まで田の神像は鹿児島県と宮崎県の旧薩摩領の各地で造立されている。鹿屋市・肝属郡でも明治以降の田の神が多くある。そして、その多くが旅僧型である。その一つが「明治42(1909)年」の紀年銘を持つこの中園の田の神である。 中園の田の神はシキを後に頭巾風に長く垂らして被り、胸に宝珠を描いた頭陀袋をさげ、右手でスリコギを立てて持ち、左手でメシゲを横にして持つ托鉢僧姿の田の神である。今まで紹介した旅僧型の田の神と比べると迫力を感じられない。支え石を使わず表現した托鉢僧と思えない細い足や、華奢な体つき、面長の顔などが要因と思われる。しかし、決して上手と言えない彩色や、頼りなさそうな青年風の容貌などが、かえって庶民の信仰として今でも息づいていることを感じさせ、好感の持てる田の神像である。 |
| 岩弘中の田の神 |
| 鹿児島県肝属郡東串良町岩弘 岩弘中 | ![]() |
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| 串良町岩弘の串良川沿いの水田地帯の水路のそばに水神祠3基と並んで立っている。「田中の田の神」や「中園の田の神」と同じ旅僧型の田の神で、胸に宝珠を描いた頭陀袋をさげ、右手でスリコギを立てて持ち、左手でメシゲを斜め横にして持つ。旅僧型の田の神はシキを頭巾風に長く垂らしてかぶっているのが一般的であるが、この田の神はかぶっているシキは頭巾には見えず傘を阿弥陀にかぶっているように見える。 |
| 令和8年6月27日 大隅の田の神さあ 大崎町の田の神 |
| 田中の田の神 |
| 鹿児島県曽於郡曽於郡大崎町田中 「文化11年(1814)」 |
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| 大崎町田中の水田地帯の道路脇に立派な椿の木があり、その椿の樹の横に田中の田の神は祀られている。シキを後に頭巾風に長く垂らして被り、胸に宝珠を描いた頭陀袋をさげ、右手でスリコギを立てて持ち、左手でメシゲを斜めにして持つ旅僧型の田の神で、上衣の袖口やメシゲなどにベンガラで着色した跡が残る。顔も白く化粧した跡が残っている。支え石を使っていないため、やや股を開くように立っている。 稚拙に補修した鼻が気になるが、背後の水田や横の椿の樹・花生けの花瓶などとマッチして風情ある田の神像のある風景となっている。 |
| 立小野の田の神 |
| 鹿児島県曽於郡大崎町野方立小野 「文化5年(1808)」 |
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| 立小野集落のはずれの分かれ道に開田記念碑があり、その奥に「立小野の田の神」がある。車のタイヤのようにも見える大きなシキをかぶり、右手で大きなメシゲを立てて持ち、左手でスリコギを持って、右膝を半ば立てて趺坐する。顔はうりざね顔ですっきりした体つきの田の神で座像の田の神では異質の像である。着衣から「豊原の田の神」などと違って神職ではなく僧太崎町の有形民俗文化財に指定されている。台座に昭和35年の刻銘があるがこの台座は造立時のものではないと思わる。紀年銘は確認できなかったが横に立てられている案内板には「文化5年正月と記されている」としている。 |
| 令和8年6月26日 大隅の田の神さあ 志布志市の田の神2 |
| 蓬原(ふつはら)宇都の田の神 |
| 鹿児島県志布志市有明町蓬原 「大正10年(1921)」 |
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| 県道523号線、「宇都鼻」交差点の東約110mに開田と水路改修の記念碑があり、その近くの路傍に「蓬原宇都の田の神」が立っている。舟形の石材に背中まで垂らしたシキを被り右手にメシゲ、左手にスリコギ持って立つ素朴な農民風の姿を厚肉彫りした田の神である。背後に大正十年(1921)の刻銘がある。 |
| 蓬原中野の田の神2 |
| 鹿児島県志布志市有明町蓬原 中野 「宝暦3年(1753)」 |
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| 志布志市指定文化財のスリコギとメシゲを持つた神職型座像の「蓬原中野の田の神」を撮影しようと有明町蓬原中野を訪れたのですが見つけられず、撮影できたのは県道513号沿いの開田記念碑横にある田の神だけでした。そこで、この田の神を「蓬原中野の田の神2」として載せることにした。「蓬原中野の田の神2」も神職型座像の田の神であるがスリコギとメシゲ持ちではなく、大きなメシゲを両手で抱えるように持っている。右膝を半ば立てた趺座である。顔が大きく破損しているが残念である。「宝暦三年(1753)」の紀年銘がある。 |
| 令和8年6月23日 近くの水田地帯にて |
| オオヨシキリ |
| 前日に引き続いてセッカを撮ろうと遊水池予定地の草原に行きました。この日もセッカは撮影できずオギ原のオオヨシキリの撮影になりました。 |
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| 令和8年6月24日 大隅の田の神さあ 志布志市の田の神1 | |
| 大隅の田の神さあ8 (志布志市・大崎町・東串良町) |
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| 「大隅の田の神さあ8」は志布志湾岸に位置する志布志市・大崎町・東串良町の田の神を紹介する。志布志市にはメシゲとスリコギを持つ神職型座像の田の神の代表的な像が2体ある。1体は右膝を半ば立てた趺座の形で組む「豊原の田の神」県の有形民俗文化財に指定されている。もう一体は安座姿の神職型座像の大型の田の神の「森山の田の神」である。 大隅半島の特色ある田の神の一つてしてあげられるのが旅僧型である。シキを後に頭巾風に長く垂らして被り、胸に大きな頭陀袋をさげ、右手でスリコギを立てて持ち、左手でメシゲを横にして持つ托鉢僧姿の田の神である。大崎町の「田中の田の神」はその旅僧型の田の神で、上衣の袖口やメシゲなどにベンガラで着色した跡が残る。旅僧型は鹿屋市や肝属郡を中心とした地域では最も多い田の神像で東串良町では「岩弘中の田の神」と「中園の田の神」が旅僧型である。 旅僧型とともに鹿屋市や肝属郡で特色ある田の神がシキを肩に垂らしてかぶり、藁苞を背負い、大きな袖のついた長衣を着たすらりとした端正な表情の僧型立像の田の神である。東串良町では「下伊倉の田の神」と「安留の田の神」がそれにあたる。「下伊倉の田の神」手にはメシゲと宝珠を持ち、帯にはヒョウタンと木の葉杯を下げている。「安留の田の神」は両手で鍬を持つ。 | |
| 豊原の田の神 |
| 鹿児島県志布志市有明町吉村豊原 「寛保3年(1743)」 |
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| 薩摩地方にはあまり見られず大隅半島に多く見られる田の神像として神職型座像の田の神が上げられる。頭には冠や烏帽子の代わりにシキをかぶり、手には笏ではなくメシゲとスリコギを持つ。 神職型座像の田の神の代表的な像が右膝を半ば立てた趺座の形で組む志布志市有明町の豊原の田の神である。シキは頭巾風で編み目はない。「寛保3年(1743)」としては古い紀年銘を持ち、庶民的な顔であるが、重厚で安定した座像で、威厳のある像である。「野井倉の田の神」の名称でで県の有形民俗文化財に指定されている。 |
| 森山の田の神 |
| 鹿児島県志布志市志布志町内之倉森山 「弘化4年(1847)」 |
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| 志布志市志布志町の森山の田の神は高さ118㎝の安座姿の神職型座像の大型の田の神で、曽於市の広津田の田の神と同じくシキの笠を被り、スリコギとメシゲを持つた、単純明快な表現の田の神である。着衣は広津田の田の田の神の垂領(たりくび)<左右の襟を低くたれさげ、引き合わせに着用すること>の衣装に対して狩衣(かりぎぬ)姿である。 |
| 令和8年6月22日 近くの水田地帯にて |
| オオヨシキリ |
| セッカは上空を「ヒッ ヒッ ヒッ」と鳴きながらよく飛んでいるのですが、なかなか降りてきません。「チャ チャ チャ」と鳴いて降りてくることはたまにあるのですが、遠くでどこに降りたのかわかりません。1回、降りたところを見つけたのですが遠くてピントが合いませんでした。結局まともに撮影できたのはオオヨシキリだけでした。水害対策の遊水池予定地は水田の面影は全くなくなりオギがどんどん増えて、4分の1ほどはオギ原になっています。そのオギ原のあちこちでオオヨシキリが喧しく鳴いていました。 |
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| トビとチョウゲンボウ・ケリ |
| 近くの水田地帯の水害対策の遊水池予定地の草原にセッカなどを撮影に行きました。小雨の降ってきて帰ろうとした時、上空を旋回するトビを見つけました。慌ててカメラをセットし撮ろうとしたのですが旋回しているシーンは撮れず、遠くの電柱にとまったトビを撮りました。 |
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| 電柱にはチョウゲンボウがいたようで、チョウゲンボウは慌てて飛び立ちました。 |
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| 電柱から飛び立った後、上空でケリとニアミスしました。 |
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| 令和8年6月16日撮影 少し遠くの大きな公園近くの空き地にて |
| 久しぶりにコアジサシの営巣地に行きました。雛がつきつぎと誕生して子育ての真っ最中のようです。3組の親子を見つけて撮影していました。 |
| コアジサシ親子1 |
| 3組の親子のうちの1組は雛が大きくなり親と変わらない大きさになっていて時々羽ばたきました。親は少し離れた場所で雛を見守っていました。 |
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| 1羽のコアジサシが小魚を咥えていました。雛に与えると思われるのですが、雛もペアも見当たりません。この後、咥えたまま草むらに入っていきました。 |
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| しばらくするともう1羽やってきて2羽になりました。ペアと思われます。1羽はしばらくすると少し離れた場所に移動しました。 |
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| しばらくすると雛が草むらから現れました。 |
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| 雛はかなり大きくなっていて羽ばたきながら1mほど移動しました。 |
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| 雛が移動した場所には1羽いて雛は2羽になりました。 |
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| 離れた場所にいた親鳥が雛の近くにやって来ました。 |
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| もう1羽の親鳥にレンズをふると、雛が2羽いました。この雛たちも大きく親鳥と大きさは変わりません。 |
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| コアジサシ親子2 |
| 2組目のコアジサシ親子です。1組目と比べると雛は小さく親鳥の近くから動きませんでした。ここでもペアで子育てをしていました。 |
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| 飛んでいるコアジサシが飛び降りたところを撮ると、そこにペアのコアジサシと雛2羽がいました。 |
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| 雛は大きく口を開けていました。飛び降りたコアジサシが後ろ姿で餌を与えるシーンは撮れませんでした。 |
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| 羽ばたいているコアジサシはここから飛び立たず、この場所でペアと雛を見守っていました。 |
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| コアジサシ親子3 |
| 今日(20日)コアジサシ親子の追加のアップをしようと画像ファイルを整理していると、休憩か抱卵で蹲っていると思って撮影していたコアジサシの傍に雛がいるのを見つけました。 |
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| 最初に撮影した時は蹲っていたコアジサシは向かって左を向いていました。この時は雛は写っていません。 |
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| 他のコアジサシ親子をしばらく撮影していた後、蹲っていたコアジサシにカメラを向けてみると右向きになっていました。この時、雛が写っていました。 |
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| コアジサシの親子の左にコアジサシがいました。 |
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| 左のコアジサシがコアジサシの親子に近づいていきました。 |
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| この2羽はペアのようです。 |
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| ペアの一羽は飛び立ちました。雛に与える餌の小魚を捕り行ったのでしょうか。 |
| コアジサシ親子4 |
| コアジサシ親子の4組目です。アップは遅れましたが一番最初に見つけたコアジサシ親子です。 |
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| 最初に撮影した時は少し生えた草にコアジサシが1羽、蹲っていてその前に小さな雛が2羽いました。20ショットほどこの親子を撮ったのですがほとんど変化がありませんでした。 |
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| 他のコアジサシ親子をしばらく撮影していた後、カメラを向けるとコアジサシの親子の左にコアジサシがいました。ペアのコアジサシと思われます |
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| 左のコアジサシに右のヒナを守っていたコアジサシが近づいていきました。 |
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| 1羽の雛が2羽の親の元に向かいました。 |
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| 他のコアジサシを撮影後、カメラを戻すと鳥の1羽はもう1羽の鳥の所に戻っていきした。 |
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| 左の親の傍にいた雛ももと居た場所に戻っていきました。 |
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| 令和8年6月9日撮影 地元にて |
| チョウゲンボウ若鳥 |
| 6月9日に撮影したチョウゲンボウの若鳥です。地元の公共施設の換気口のチョウゲンボウは5日は5羽の雛のうち1羽だけがまだ換気口に残っていました。7日に訪れた時は換気口には雛は見られず、巣立った若鳥も親鳥も見られませんでした。この日訪れた時は隣の建物のアンテナに巣立った1羽の若鳥がとまっていました。 |
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| 令和8年6月13日・11日撮影 隣町にて |
| コシアカツバメ |
| 隣町のコシアカツバメの集団営巣地に行きました。6年前初めて訪れた時は数10羽のコシアカツバメがいたのですが、年々少なくなり、今年は10~20羽ほどしか見られません。群れてとまっていた電線にも1~3羽ほどしかとまっていません。 |
| 6月13日 |
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| 6月11日 |
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| 令和8年6月11日撮影 隣町の山にて |
| ソウシチョウ |
| 隣町の山のハイキングコースで撮影したソウシチョウです。 |
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| 令和8年6月5日撮影 地元にて |
| チョウゲンボウ巣立ち |
| 前日は雛は3羽巣立っていたので、この日は残りの2羽の巣立ちを期待して地元の公共施設を訪れました。2羽のうち1羽が巣立ちましたが1羽はまだ換気口にいました。 |
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| 換気口のある建物の隣にあるゲートボール場の屋根に巣立った雛がいるのを見つけました。 |
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| 巣立ったばかりのようで羽を広げて飛ぼうとするのですがなかなかうまく飛べません。 |
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| よろよろと飛びながら換気口のある建物の壁にくっつくようにとまりました。このあとゲートボール場の屋根にもどりました。 |
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| 隣の建物の屋上のアンテナに親鳥の雄と雌のチョウゲンボウがとまっていました。 |
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| 換気口ある建物のに戻ってみると換気口のフードの上に巣立った雛がいました。しばらくすると雌の親鳥が雛のもとに飛んできました。 |
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| 親子が重なり合いました。 |
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| 換気口を見ると雛が顔を出していました。 |
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| そこへ親鳥が飛び込んできました。入るところは撮れませんでしたが、飛び立つときは換気口の入り口でしばらく様子を見ていたのでじっくりと撮影できました。 |
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| 令和8年6月4日撮影 地元にて |
| チョウゲンボウ |
| チョウゲンボウの雛の巣立ちを撮影しようと公共施設の換気口を見に行きました。換気口を覗くと雛は見当たらなかったので、公共施設の周辺を見てみると遠くの電柱にチョウゲンボウがいるのを見つけました。望遠レンズで覗いてみると親鳥でした。この後、チョウゲンボウの親鳥は電線や隣の建物の屋上の施設にとまるだけで、換気口に近づこうとしません。 |
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| 雌もいました。 |
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| 巣のある換気口のある建物の隣の建物の屋上にいた親親は頭を下げて、頭を上げるとバッタを咥えていました。 |
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| クスノキの雛の餌の奪い合いが一段落した後、換気口を覗いてみると巣立っていない雛が顔を出していました。 |
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| クスノキの雛を撮影し終えた後、換気口を覗くと雛は2羽いました。今まで換気口では4羽の雛しか見ていなかったのですが、雛は5羽いていたようです。 |
| 巣立ったチョウゲンボウの雛 |
| バッタを咥えた親鳥を撮影してた時、突然、公共施設の近くのクスノキから「キィーキィキィキィ」とけたたましいチョウゲンボウの声が聞こえました。カメラをクスノキに向けると親鳥の雌が餌を雛に与えるところでした。残念ながら親鳥は写せませんでしたが、巣立った雛が食するところを撮影できました。 |
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| カメラをクスノキに向けて最初に撮った写真です。2羽の巣立った雛が親鳥が与えた餌(ムクドリ?)をとりあっていました。 |
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| 足で餌を押さえていた向かって右の雛が餌を手に入れたようです。 |
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| 1羽がカナヘビを咥えています。親鳥の気配はなかったので、雛自身が捕まえたかもしれない。 |
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| クスノキにいる雛は2羽と思っていたのですが、裏に回ってみるともう1羽細い枝にとまっていました。 |
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| 令和8年6月3日撮影 少し遠くの大きな公園近くの空き地にて |
| コアジサシ |
| 3日に撮影したコアジサシの続きです。集中して撮影していたコアジサシの親子以外のコアジサシの写真中心に載せました。 |
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| 集中して撮影していた親子の手前にいたコアジサシです。 |
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| 羽繕いするコアジサシです。 |
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| 水たまりにいたコアジサシです。 |
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| このコアジサシも羽繕いをしていました。 |
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| もう1組、コアジサシの親子がいました。一番奥にいて、ピントがあった写真はこの1枚だけでした。 |
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| 唯一キャッチアイの入ったコアジサシの写真です。 |
| コアジサシ親子 |
| コアジサシとコチドリの営巣地の空き地に行きました。コアジサシの雛と給餌の場面を撮影できました。雛を撮影しようと草が少し生えている所に後ろ向きで座り込んでいるコアジサシに狙いを定めました。 |
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| アップするにあたって撮影した画像を見直していると、後姿で座り込んでいるコアジサシの翼の中に2羽の雛がいるのに気づきました。 |
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| 座り込んでいるコアジサシの近くに小魚を咥えたコアジサシが飛び降りました。 |
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| 飛び降りたコアジサシは座り込んでいるコアジサシのもとへ小魚を咥えてやって来ました。一瞬、小魚を座り込んでいるコアジサシに与えるように見えました。 |
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| 小魚を与えたのは雛でした。 |
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| 小魚を与えた後、コアジサシは飛び立ちました。 |
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| ほかのコアジサシを撮影した後、雛のいるコアジサシにレンズを向けると飛び立ったコアジサシが戻って来ていました。雛は2羽見られます。 |
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| 他のコアジサシにレンズを向けてたあと、再びレンズをを戻すと親鳥は1羽になっていました。雛は4羽います。 |
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| 親鳥が座ろうとすると雛たちが集まってきました。 |
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| 雛たちは親のからだの下に入り込みました。 |
| 令和8年5月31日・6月1日・3日撮影 地元にて |
| チョウゲンボウの雛 |
| チョウゲンボウの雛の巣立ちを撮影しようと公共施設の換気口を見に行っているのですが、まだ換気口から飛び出しません。換気口の奥ににいることが多く、4羽か3羽顔を出していました。5羽いるのを見た人もいるのですがまだ5羽そろった姿は見ていません。 |
| 5月31日 |
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| 6月1日 |
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| 6月3日 |
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| 令和8年6月2日 大隅の田の神さあ 曽於市の田の神5 |
| 仮屋の田の神 |
| 鹿児島県曽於市末吉町南之郷仮屋 |
| 曽於市末吉町南乃郷仮屋の丘陵の端が小山になっていてその上に3体の田の神が祀られている。3体の田の神のうちの2体がメシゲ・スリコギ持ちの神職型座像の田の神である。東を向いた大型の田の神「仮屋の田の神1」は安座する神職型座像で、西を向いたやや小型の田の神「仮屋の田の神2」は片膝を立てた神職型座像ある。南東側斜面にある田の神「仮屋の田の神3」はメシゲ・椀持ちの農民風の立像である。 小山は高い草が茂っていて、撮影した時はほとんどの草が刈り取られていて、3体ともすぐに見つけ撮影できた。リニューアルに当たって「Google Earth」で調べてみるとこの小山は雑木が生えて雑木林になっていた。3体の田の神はどうなっているのだろうか。 |
| 仮屋の田の神1 |
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| 背後にあるのが「仮屋の田の神2」 |
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| 「仮屋の田の神1」は小山の頂上で東を向いて座す神職型座像の田の神である。自転車のヘルメットのようなシキをかぶり、右手にメシゲ、左手にスリコギを膝の上で掲げるように持っている。下がり眉毛の細い目で静かに微笑んだ顔が心に残る。志布志市有明町伊崎田鍋に同じ石工の作と思われるそっくりな田の神がある。 |
| 仮屋の田の神2 |
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| 「仮屋の田の神2」は小山の頂上付近で西を向いて座す神職型座像の田の神である。「仮屋の田の神1」に比べるると小型である。メシゲとスリコギを持ち膝を立てた趺座の形で座す。口や顔をゆがめた個性的な顔をした田の神で、鹿屋市串良町の「堂園の田の神」とよく似ている。このような表現の神職型趺座像の田の神は「堂園の田の神」をはじめとして鹿島市串良町の串良川流域にみられ、「仮屋の田の神2」はこれらの田の神と共通する石工の作と考えられる。 |
| 仮屋の田の神3 |
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| 「仮屋の田の神2」は南東側斜面にある。大きな重たそうなシキをかぶって左手にメシゲ、右手に椀を持った田の神立像で膝から下は土にうずまっている。顔やかぶったシキは大きく破損している。 |