「フォトギャラリー 石仏と野鳥」 新着  2018年9月
 
8月

2018.9.18撮影              コサメビタキ・コゲラ       地元の山のハイキングコースにて
 11日にエゾビタキを撮った地元の山のハイキングコースへ行きました。数日前に行ったときは、台風の影響で木がたくさん倒れていて悲惨な状態でした。シルバー人材センターの人が片付けをしておられましたが、まともに歩けませんでした。今日行ってみると所々に倒れた木はありましたが、道の倒木は片付けられ、草も刈られて歩きやすくなっていました。

 エゾビタキ・キビタキ♀・ヤマガラ・エナガ・コサメビタキ・コゲラなどを見かけました。エゾビタキ・キビタキ♀は逆光で露出補正に失敗してアップできるような写真は撮れませんでした。高い枝にとまったコサメビタキは露出補正して何とか撮影できました。
コサメビタキは羽づくろいをしたりして数分間、枝にとまっていました。
コゲラだけは順光できれいな写真を撮れました。

2018.9.17撮影               カルガモ親子・イソシギ        近くの水田地帯の川にて
 昨日撮ったタカブシキを見に行きましたが、いませんでした。水路のような川にはカルガモの親子がいました。この川には生態系を壊す原因の外来種のアカミミガメが多数います。
 小さな雛の時は10羽近くの雛をつれているカルガモをよく見かけるのですが、この大きさになると2、3羽が普通です。カラスなどに食べられたり、大水に流されたりして減っていくのでは。
アカミミガメの近くでイソシギが忙しく嘴を水につけて採食していました。

2018.9.16撮影               タカブシギ・クサシギ              近くの水田地帯にて
この水田地帯の休耕田で今年初めて見たタカブシギです。
数年前まではこの水田地帯ではよくタカブシギは見かけたのですが、この2年はあまり見られませんでした。
休耕田の真ん中から休耕田の奥に移動しました。その後、農家の人が近づいたためどこかへ飛んで行ってしまいました。
7月によくクサシギ見かけた休耕田に行くと、久しぶりにクサシギと出会いました。

 
2018.9.15          続 田の神サア50選(19)   轟の田の神
鹿児島県薩摩川内市祁答院町下手 轟
 轟の田の神は頭の光背のように被るシキはそのままに背石となっていて背面を厚く覆い、丸彫りに近い半浮き彫りの田の神像である。大きな袖の上衣と裁着け袴で腰掛けるている。右手でメシゲを持ち、左手は指で輪を作っている。
 さつま町などに見られる僧型腰掛け型の田の神と思われるが庶民的な笑いを含んだ顔と胸をはだけ姿は僧と言うより農民そのものである。石の量感さを活かした重厚で力強い表現がこの田の神の魅力である。2回目に訪れたときは赤と白で鮮やかに化粧されていた。ただ、ゴールデンボンバーの樽美酒研二のような白塗りの顔はいただけない。 

2018.9.14撮影                 コシアカツバメ                 近くの川にて
 川面や川の近くの畑や水田をツバメか飛び回っています。また、川の堤防の草むらでも多数のツバメが群がって飛んでいました。背中に白い部分が見えたのでイワツバメかなと思いました。望遠レンズで覗いてみると白ではなく薄茶色でした。コシアカツバメです。
飛ぶスピードが速くなかなか撮影できません。何とか、草むらすれすれで飛ぶ姿を撮影しました。

 
2018.9.13          続 田の神サア50選(17)   入佐新村の田の神
鹿児島市松元町入佐 新村 「享保12(1727)年」  
 入佐新村の田の神は山の中の大きな岩の前に安置されている。笠のようなシキをかぶり、肩布のついた中袖の上衣に、長袴を着け、右手にメシゲ、左手にスリコギらしきものを持つた僧型立像の田の神である。白黄色の粗い凝灰岩で彫られていて顔の風化が進んでいるのが惜しい。県の民俗資料有形文化財で「享保12(1727)年」の紀年銘を刻む。

 
続 田の神サア50選(18)   池頭の田の神
鹿児島県薩摩川内市入来町浦之名 池頭  
  以上に大きな笠状のシキを被った田の神で、水田の中の小さな丘に立つ。袖のついた上衣に裁着け袴で、右足を一歩、前に踏み出して歩く姿を表している。右手にメシゲを下にして持ち、左手は腰に当てている。村々をまわる僧をモデルにした僧型立像の田の神と思われ縷々。頬が膨れた庶民的な顔や大きな笠状のシキ、前へ振りかざすような大きなメシゲなど誇張された表現がこの田の神の魅力である。

2018.9.12撮影                 ヤマガラ                 古墳のある公園にて
 古墳のある公園のエゴノキに集まるヤマガラを撮影しました。近くの植木の茂みや背後の林の中からエゴの実を求めて数羽のヤマガラが飛んできます。その中には今日もオーストンヤマガラそっくりの弁慶ヤマガラと通称されるレンガ色のヤマガラもいます。
エゴの実を銜えました。
これは普通のヤマガラです。正面から見るととぼけた可愛い顔をしています。。

2018.9.11撮影             キビタキ♀・ムシクイ               県境近くの山の公園にて
 半年ぶりにマヒワをよく撮影した県境近くの山の公園に行きました。台風21号の影響で、木が倒れ、通れない遊歩道もありましたが、大阪の公園ほどひどくはなかったです。飛び石などを設けた水路付近でキビタキの雌がいました。久しぶりのキビタキ♀の撮影です。
背はオリーブ色の褐色、腹はオリーブ色がかった淡褐色です。
ムシクイを見かけましたが、遠くてよい写真は撮れませんでした。声も聞こえず、頭央線も見えないのでムシクイの種類はわかりません。

 
2018.9.10          続 田の神サア50選(15)   平出水の田の神
鹿児島県伊佐市大口平出水 「享保六年(1721)」  
 仏像型田の神として地蔵菩薩を田の神として祀った紫尾の田の神「宝永2(1705)年」や中組の田の神「宝永八年(1711)」が知られている。これらは最も古い紀年銘を持った田の神である。平出水の田の神も仏像型の田の神である。しかし、地蔵菩薩ではなく大日如来像である。石台正面に「大日如来を本地として御田之神を造立した」という意味の言葉が書かれていて、大日如来を彫って田の神としたことは明らかである。
 六角形の台上の反花と蓮弁の蓮台に坐す宝冠をかぶり、両手で胸前で智拳印を結んだ金剛界大日如来像である。穏やか顔立ちの像手で、衣のひだか複雑に重なった精緻な表現の像である。県の民俗資料有形文化財に指定されいる。

 
続 田の神サア50選(16)   本庵の田の神
鹿児島県薩摩川内市樋脇町塔之原岩元 本庵  
  薩摩川内市樋脇町塔之原の本庵の田の神は鎧甲を着けた武人の田の神である。持ち物は破損していてわからないが、左手に杖状のもの(鉾?)を持ち右手に宝棒のような物をもつ。右手の持ち物は見ようによればメシゲにも見え、メシゲとすればはじめから田の神として作られたものといえるが、おそらくもとは広目天や持国天などの天部像であったのではないだろうか。市の民俗資料有形文化財に指定されていて、正徳4年(1714)の紀年銘がある。

2018.9.9撮影                 弁慶ヤマガラ?                 古墳のある公園にて
 古墳のある公園ではヤマガラをよく見かけます。公園入り口を入って池へ向かう道にはエゴノキが多くあり、いつもヤマガラがエゴの実を目当に集まっています。
 前日、この公園のヤマガラのブログをチラッと見たのですかが、気にもとめませんでした。8日、田んぼでセッカを撮影していると知り合いに会い、公園のヤマガラがオーストンヤマガラのようなレンガ色のヤマガラであると知り、急いで公園に駆けつけました。20人以上の人かカメラを構えていました。ほとんどか他府県の人でした。居心地が悪くてこの日は諦めました。9日に公園に行くとカメラマンもやや少なくなっていて、落ち着いて目当てのヤマガラを撮影できました。
 額から頬、頸側、背の上部、体面下はレンガ色で図鑑で見たオーストンヤマガラとそっくりです。ただ、喉元のの黒い部分は色は薄く褐色に近く、少し違うような気がします。時々見られる通称「愛染ヤマガラ」とか「弁慶ヤマガラ」と呼ばれるヤマガラのようです。
亜種オーストンヤマガラぱ三宅島など伊豆諸島にいるヤマガラです。
エゴの実を銜えました。

2018.9.8撮影                  バン幼鳥・セッカ                 近くの水田にてにて
 田んぼの畦の奥にヒクイナらしきものがいました。遠くてわかりにくかったので田んぼの反対側にまわり撮影しました。ヒクイナではなくバンの幼鳥でした。
セッカが畦の奥の草にとまって鳴いていました。遠くてあまりよい写真は撮れませんでした。大きくトリミングした写真です。

2018.9.7撮影                  ジシギ                 近くの水田にてにて
 3日に1回ほどの割合でセッカとジシギを目的にこの水田地帯に通っています。セッカは毎回「ヒッヒッヒッ」と澄んだ声が聞こえ、時たま、草の先にとまってくれて今まで3回撮影できました。ジシギは毎回のように見かけるのですか、7月28日に1回撮影したのみです。いつも田んぼの畦にいるのですが、歩いている農道のほん近くにいて、気がついたときにはいつも飛び立っています。今日は田んぼの畦の奥にいてむ、撮影することができました。
田んぼの畦を歩いていました。
7月28日に撮影した同じ個体と思われます。。
7月28日のアップ時にはオオジシギとしたのですが、自信はありません。
タシギやハリオシギでないことは確実ですが、チュウジシギかもわかりません。ムシクイとジシギの識別は私には難しいです。

 
2018.9.6          続 田の神サア50選(13)   鶴の田の神
鹿児島県鹿屋市上高隈町鶴 
 鹿屋市の特色ある田の神像の一つは神職神舞型で、高隈地方に7体ほどある、烏帽子を被り、神舞を舞う神職を彫ったもので、手には振り鈴を持つ。鶴の田の神はその中の1体で、両手は欠けていて、振り鈴などは確認できないが、烏帽子を被り、やや前屈みで中腰で神舞(かんめ)を舞う姿を表した田の神である。鹿屋市の山中の小さな集落の外れの棚田の上の畑に祀られていて、下の棚田や水田を見下ろしている姿は絶好の被写体である。

 
続 田の神サア50選(14)   芝原の田の神
鹿児島県鹿屋市上野町芝原 「文政12年(1829)」
 鹿屋市の特色ある田の神像のもう一つは、メシゲと振り鈴を持ち、上衣の衿から胸にかけて可憐な飾りがついている田の神舞を踊る田の神像である。その代表的な像が野里の田の神(県指定民俗資料有形文化財)とこの芝原の田の神である。共に八角柱台石の上の角台石の上に立つ赤い凝灰岩に彫られた田の神像である。大きなシキを肩にたらし、襟元に波形の飾りのついた上衣で、腹を大きく膨らましている。大きく膨れた裁着け袴を着け、メシゲを右手でたらして持ち、左手に振り鈴を持っている。
 像高は野里の田の神よりやや小さい65pで、顔つきは野里の田の神より庶民的で、野里の田の神のような伸びやかさにやや欠ける。野里の田の神より78年新しい「文政12年(1829)」の建立である。野里の田の神の撮影時と同じく背後の空にはさば雲が広がっていた。

 
2018.9.5          続 田の神サア50選(11)   広津田の田の神
鹿児島県曽於市大隅町月野広津田   「弘化4年(1847)」頃
 大隅半島に多く見られる田の神像として神職型座像の田の神が上げられる。頭には冠や烏帽子の代わりにシキをかぶり、手には笏ではなくメシゲとスリコギを持つ。大隅半島の神職型座像の田の神は豊原の田の神など右膝を半ば立てた趺座の形で組む像が多いが、安座する像も見られる。
 曽於市大隅町の広津田の田の神は安座姿の神職型座像の田の神としては最もよく知られている像である。高さ140pの大型の田の神で、単純明快な簡略な表現に特徴がある。案内板は造立年を「弘化4年(1847)」頃としている。

 
続 田の神サア50選(12)   森山の田の神
鹿児島県志布志市志布志町内之倉森山 「弘化4年(1847)」
 志布志市志布志町の森山の田の神は高さ118pの安座姿の神職型座像の大型の田の神で、曽於市の広津田の田の神と同じくシキの笠を被り、スリコギとメシゲを持つた、単純明快な表現の田の神である。着衣は広津田の田の田の神の垂領(たりくび)<左右の襟を低くたれさげ、引き合わせに着用すること>の衣装に対して狩衣(かりぎぬ)姿である。

 
2018.9.4          続 田の神サア50選(9)   川上の田の神
鹿児島県いちき串木野市川上 「天保7年(1836)」
 いちき串木野市にある川上の田の神は、神職姿で、シキをかぶりメシゲと椀を持った像で、顔が小さく袴が大きく広がり安定した姿に特徴がある。
 シキはあご紐でくくり、メシゲは右手でやや斜めにして立てて持ち、左手で椀を 右手と同じ位置で持つ。この姿は近くの鏑楠(てきなん)の田の神や福薗の田の神などの一石双体の田の神の向かって右の像と共通する。

 
続 田の神サア50選(10)   中組の田の神
鹿児島県いちき串木野市川上中組  「明治7(1874)年」
 川上の田の神から2qほと南の水田のはずれに中組の田の神はある。川上の田の神と同じく顔が小さく袴が大きく広がり安定した姿である。シキをあご紐でくくり、右手にメシゲ、左手に椀を持つ。
 「明治7(1874)年」の記銘があり、川上の田の神などを参考にして造立されたものと思われる。川上の田の神に比べると顔は小さく、衣装も直線的で写実性に乏しく、こけし人形のようである。しかしそのこけし人形のような表現が、石の持つ素材の力を引き出し、この田の神の魅力となっている。

2018.9.3撮影                 エゾビタキ        地元の山のハイキングコースにて
 コサメビタキでも入っていないかと久しぶりに地元の山のハイキングコースへ行きました。地元の山ではナラ枯れが進み、ナラ類やシイ・カシ類の木が次々と枯れました。ハイキングコースでは枯れた木は多くが切り出されましたが、まだ一部枯れた木が残っています。大きな枯れ枝が電線や他の木に引っかかって、危険な状態です。その枯れた木を見上げているとエゾビタキが枯れ枝にとまっているのを見つけました。
シヤッターを数回きると、小さな枝に、飛び移りました。
このハイキングコースでは初めて見たエゾビタキです。
エゾビタキは毎年10月に古墳のある公園で見ているのですが、旅鳥のエゾビタキを9月の初めに見られるとは思っていませんでした。
しばらくする飛び立ち遠くへ行ってしまいました。

 
2018.9.3          続 田の神サア50選(8)   木之下の田の神
鹿児島市上福町 木之下 「宝暦6(1756)年」
 木之下の田の神は笠状のシキをかぶり、右手にメシゲ・左手に椀を持った田の神で狩衣風の上衣をきた神職型の田の神で、石工の腕のさえが感じられる田の神像である。背部に「宝暦六子天二月吉日 奉供養田之上」と刻む。直衣または狩衣姿でメシゲを持った神職型立像の田の神としては、山崎麓の田の神とならぶ秀作である。山崎麓の田の神の端正な顔に対して、この田の神は庶民的で味わいのある顔である。 

8月