Photo Gallery「石仏と野鳥」新版   2026年5月・6月
 

 
4月



令和8年6月1日4日撮影  地元にて
巣立ったチョウゲンボウの雛
 チョウゲンボウの雛の巣立ちを撮影しようと公共施設の換気口を見に行きました。換気口を覗くと雛は見当たらなかったので、公共施設の周辺を見てみると遠くの電柱にチョウゲンボウがいるのを見つけました。望遠レンズで覗いてみると親鳥でした。この後、チョウゲンボウの親鳥は電線や隣の建物の屋上の施設にとまるだけで、換気口に近づこうとしません。

 突然、公共施設の近くのクスノキから「キィーキィキィキィ」とけたたましいチョウゲンボウの声が聞こえました。カメラをクスノキに向けると親が餌を雛に与えるところでした。残念ながら親鳥は写せませんでしたが、巣立った雛が食するところを撮影できました。
カメラをクスノキに向けて最初に撮った写真です。2羽の巣立った雛が親鳥が与えた餌(ムクドリ?)をとりあっていました。
足で餌を押さえていた向かって右の雛が餌を手に入れたようです。
1羽がカナヘビを咥えています。親鳥の気配はなかったので、雛自身が捕まえたかもしれない。
クスノキにいる雛は2羽と思っていたのですが、裏に回ってみるともう1羽細い枝にとまっていました。



 
令和8年6月3日撮影  少し遠くの大きな公園近くの空き地にて
コアジサシ
3日に撮影したコアジサシの続きです。集中して撮影していたコアジサシの親子以外のコアジサシの写真中心に載せました。
集中して撮影していた親子の手前にいたコアジサシです。
羽繕いするコアジサシです。
水たまりにいたコアジサシです。
このコアジサシも羽繕いをしていました。
もう1組、コアジサシの親子がいました。一番奥にいて、ピントがあった写真はこの1枚だけでした。
唯一キャッチアイの入ったコアジサシの写真です。
 
コアジサシ親子
 コアジサシとコチドリの営巣地の空き地に行きました。コアジサシの雛と給餌の場面を撮影できました。雛を撮影しようと草が少し生えている所に後ろ向きで座り込んでいるコアジサシに狙いを定めました。
 アップするにあたって撮影した画像を見直していると、後姿で座り込んでいるコアジサシの翼の中に2羽の雛がいるのに気づきました。
座り込んでいるコアジサシの近くに小魚を咥えたコアジサシが飛び降りました。
 飛び降りたコアジサシは座り込んでいるコアジサシのもとへ小魚を咥えてやって来ました。一瞬、小魚を座り込んでいるコアジサシに与えるように見えました。
小魚を与えたのは雛でした。
小魚を与えた後、コアジサシは飛び立ちました。
 ほかのコアジサシを撮影した後、雛のいるコアジサシにレンズを向けると飛び立ったコアジサシが戻って来ていました。雛は2羽見られます。
他のコアジサシにレンズを向けてたあと、再びレンズをを戻すと親鳥は1羽になっていました。雛は4羽います。
親鳥が座ろうとすると雛たちが集まってきました。
雛たちは親のからだの下に入り込みました。



令和8年5月31日・6月1日・3日撮影  地元にて
チョウゲンボウの雛
 チョウゲンボウの雛の巣立ちを撮影しようと公共施設の換気口を見に行っているのですが、まだ換気口から飛び出しません。換気口の奥ににいることが多く、4羽か3羽顔を出していました。5羽いるのを見た人もいるのですがまだ5羽そろった姿は見ていません。
5月31日
 
6月1日
 
6月3日



       
令和8年6月2日  大隅の田の神さあ 曽於市の田の神5
仮屋の田の神
鹿児島県曽於市末吉町南之郷仮屋
 曽於市末吉町南乃郷仮屋の丘陵の端が小山になっていてその上に3体の田の神が祀られている。3体の田の神のうちの2体がメシゲ・スリコギ持ちの神職型座像の田の神である。東を向いた大型の田の神「仮屋の田の神1」は安座する神職型座像で、西を向いたやや小型の田の神「仮屋の田の神2」は片膝を立てた神職型座像ある。南東側斜面にある田の神「仮屋の田の神3」はメシゲ・椀持ちの農民風の立像である。

 小山は高い草が茂っていて、撮影した時はほとんどの草が刈り取られていて、3体ともすぐに見つけ撮影できた。リニューアルに当たって「Google Earth」で調べてみるとこの小山は雑木が生えて雑木林になっていた。3体の田の神はどうなっているのだろうか。
 
仮屋の田の神1
背後にあるのが「仮屋の田の神2」
 「仮屋の田の神1」は小山の頂上で東を向いて座す神職型座像の田の神である。自転車のヘルメットのようなシキをかぶり、右手にメシゲ、左手にスリコギを膝の上で掲げるように持っている。下がり眉毛の細い目で静かに微笑んだ顔が心に残る。志布志市有明町伊崎田鍋に同じ石工の作と思われるそっくりな田の神がある。
 
仮屋の田の神2
 「仮屋の田の神2」は小山の頂上付近で西を向いて座す神職型座像の田の神である。「仮屋の田の神1」に比べるると小型である。メシゲとスリコギを持ち膝を立てた趺座の形で座す。口や顔をゆがめた個性的な顔をした田の神で、鹿屋市串良町の「堂園の田の神」とよく似ている。このような表現の神職型趺座像の田の神は「堂園の田の神」をはじめとして鹿島市串良町の串良川流域にみられ、「仮屋の田の神2」はこれらの田の神と共通する石工の作と考えられる。
 
仮屋の田の神3
 「仮屋の田の神2」は南東側斜面にある。大きな重たそうなシキをかぶって左手にメシゲ、右手に椀を持った田の神立像で膝から下は土にうずまっている。顔やかぶったシキは大きく破損している。



令和8年5月30日撮影  地元にて
チョウゲンボウの雛
 この日も地元の公共施設の換気口にチョウゲンボウの雛を撮影に行きました。この日も親鳥が餌を持って換気口に入る場面を撮影できませんでした。ただ前日と違って換気口から乗り出して全身を見せる雛も見られました。4羽そろって顔を見せていました。



令和8年5月29日撮影  地元にて
チョウゲンボウの雛
 前日に引き続いて地元の公共施設の換気口にチョウゲンボウの雛を撮影に行きました。毎年チョウゲンボウの雛を撮影しているのですが、今年は親鳥が餌を持って換気口に入る場面をあまり見ていません。この日は1時間近く待ったのですが親鳥は見られませんでした。そのためか雛は換気口の奥に入り込んでいてなかなか換気口から全身を見せません。そのため、雛が何羽いるのか確認できません。今日、何とか4羽いるところを撮影できました。



令和8年5月28日撮影  少し遠くの大きな公園近くの空き地にて
コアジサシ・コチドリ
 コアジサシとコチドリの営巣地の空き地に行きました。ねらいはコアジサシの卵から孵った雛と給餌の場面でした。残念ながら雛は見られませんでした。今まではコアジサシを撮影した日は晴れていて陽光の関係でピントが合いにくかったのですが、この日は曇り空で遠くでもなんとかピントを合わすことができました。
この日はコチドリも活発に動いていてコアジサシとコチドリが絡んだ場面も撮影できました。
小魚を咥えたコアジサシを撮影できたのはこの時たけでした。この後、給餌しました。
咥えているのは小石?or小魚の切れ端?



令和8年5月28日撮影  地元にて
チョウゲンボウの雛
 地元の公共施設の換気口でチョウゲンボウが巣作りをします。毎年4、5羽の雛が生まれて巣立っていきます。毎年、4月から5月にかけて施設の屋上でチョウゲンボウの親鳥が見られ、5月後半に雛が誕生して換気口から顔を出します。今年も期待して通っていたのですが、屋上で親鳥を数回しか見られなかったので、今年はあまり期待していませんでした。2日前に換気口の入口の奥にいる雛を1羽見つけました。この日訪れてみると、3羽の雛がいました。



 
令和8年5月25日   少し遠くの水田地帯にて
アマサギ
田植え前の耕したばかりの水田が3枚並んでいてそこにアマサギがいました。
 
コチドリ
 水の張った水田や田植えの終わった水田の上空を「ピビョウ ピビョウ ピビョウ」と鳴きながら2羽の白い小鳥が上下に波打つようにして旋回していました。チドリか小型のシギかなと思いながら何とか撮影しようとカメラを向けたのですが速くて撮影できません。10分近く待ってようやく1羽が畝を作って水を張った田んぼの畝に下りました。カメラを向けてみるとコチドリでした。

 野鳥図鑑でコチドリを調べてみると『繫殖期になると雌雄は営巣地の上空で「ピビョウ ピビョウ ピビョウ」と繰り返して鳴く』と書かれていた。とするとコチドリが下りた水を張った田んぼの畝は営巣地と考えられるが、おそらくこの畝はすぐに壊されて一面に水が張られ田植えが始まると思われ、残念ながら巣は壊されることになる。
 
ムナグロ
 チドリ・シギ類を撮影しようと毎年5月後半に水が張られ、田植えが行われる少し遠くの水田地帯に行きました。シギはいませんでしたがチドリ類は撮影できました。ケリ・コチドリ・ムナグロを撮影しました。ムナグロは田植え前の水か張られた水田の畔にいました。冬場から夏場に移行中のムナグロです。



 
令和8年5月22日  大隅の田の神さあ 曽於市の田の神4
広津田の田の神
鹿児島県曽於市大隅町月野広津田   「弘化4年(1847)」頃
 大隅半島に多く見られる田の神像として神職型座像の田の神が上げられる。頭には冠や烏帽子の代わりにシキをかぶり、手には笏ではなくメシゲとスリコギを持つ。大隅半島の神職型座像の田の神は豊原の田の神など右膝を半ば立てた趺座の形で組む像が多いが、安座する像も見られる。
 曽於市大隅町の広津田の田の神は安座姿の神職型座像の田の神としては最もよく知られている像である。高さ140㎝の大型の田の神で、単純明快な簡略な表現に特徴がある。案内板は造立年を「弘化4年(1847)」頃としている。



 
新田の田の神
鹿児島県曽於市財部町南俣新田  「昭和5(1930)年」
 「新田の田の神」は新田公民館近くの広い水田地帯の一画の小さな東屋のある広場に建立記念碑とともに置かれている。「広津田の田の神」と同じく座像の田の神であるが、スリコギではなく椀を持っている。台座の正面に米俵を3つ浮き彫りにして、俵の上に田の神像が乗っているかたちにしている。
 田の神像の横に建てられている案内柱に「この田之神は、開田を記念して、昭和五年四月十日に建立された。簑原新田は、大正十年九月二十七日着工して、昭和五年に区画整理を行いました。当時の総面積は、約九十八町一反六畝で、開田への取水口は八ヶ代で、飯野・川畑・七村を経て水が引かれている。」と書かれている。



              
令和8年5月20日  近くの大きなため池と池のそばの棚田にて
コサギの採食
大きなため池には3羽のカルガモと1羽のコサギがいただけでした。そのコサギは岸辺で小魚を次々と捕まえて呑み込んでいました。
 
キジ
大きなため池のそばの棚田でキジを撮影しました。4月22日にキジを撮った同じ場所です。



令和8年5月19日  少し遠くの大きな公園近くの空き地にて
コチドリ・コアジサシ
 コアジサシとコチドリの営巣地の空き地に行きました。コチドリは4羽確認できました。座り込んで抱卵している思われますが、卵は確認できませんでした。
 コアジサシはあまり見られず。それもコチドリより遠い場所にいてよい写真は撮れませんでした。1羽は座り込んでいて抱卵しているのかもしれません。



令和8年5月17日撮影  近くの水田地帯にて
ケリ親子
 田起こし前の田んぼに2羽のケリがいました。時々鳴き声が聞こえるのですが、2羽とも飛び立とうとも移動しようともしません。何回かシヤッターを切ったあと雛がいるのを見つけました。子育て中のようです。毎年、この田んぼでケリは巣作り、子育てをしています。



 
令和8年5月16日  大隅の田の神さあ 曽於市の田の神3
宇都乃上の田の神
鹿児島県曽於市末吉町深川
 「宇都乃上の田の神」は末吉町深川の宇都乃上自治公民館の隣の、墓石が10基ほど収められた細長いコンクリート製の覆屋の隣に祀られている。シキを防災頭巾のようにかぶって裁着け袴を着けて、右手にメシゲ、左手に椀を下げて持ち、右足を一歩踏み出して田の神舞を踊ろうとしている農民風の田の神である。鼻は破損しているが幼顔が残る印象的な田の神である。



檍(あおき)の田の神
鹿児島県曽於市末吉町南乃郷 檍
 
参照 檍神社の安産子育地蔵
 「檍(あおき)の田の神」は末吉町南乃郷の檍(あおき)神社の一の鳥居から神社に向かう参道横の水田の畔にある。「宇都乃上の田の神」と同じようにシキを防災頭巾のようにかぶって裁着け袴を着けて、右手にメシゲ、左手に椀を下げて持った農民風の田の神である。ただ顔は「宇都乃上の田の神」が穏やかに笑う幼顔に対して、「檍の田の神」は目尻を下げて笑う好々爺の顔に見える。
 檍神社には「安産子育地蔵」があり、豊かな胸から水があふれるようになっていて、安産に聞くといわれている。この子育て地蔵の姿は通常の地蔵の姿ではなく頭巾を被っていて、頭巾がシキによく似ていて一見すると田の神にも見える。



令和8年5月14日  少し遠くの大きな公園近くのため池にて
オオヨシキリ
 コアジサシを撮影した後、大きな公園の広いオギ原でオオヨシキリを撮影しました。ヨシ原のあちこちで大きな声で鳴いていました。
 
コアジサシ
 この日は少し遠くの大きな公園の近くのため池にコアジサシを撮影に行きました。先先日と同じく壊れた釣り桟橋にいました。2羽いたのですが10分以上待っても向きを変えるだけで飛び立ちませんでした。また、他のコアジサシが飛んでくることもありませんでした。



令和8年5月11日  少し遠くの大きな公園近くの空き地にて
コチドリ
 この空き地はコアジサシとともにコチドリの営巣地でもあります。コチドリが1羽、向きを変えるだけで座り込んで動きませんでした。抱卵中と思われます。
コチドリが向きを変えた時、卵らしきものが見えました。
別のコチドリです。
 
コアジサシ
この日も少し遠くの大きな公園の近くの空き地にコアジサシを撮影に行きました。遠くてしっかりとピントの合った写真にはなりませんでした。
この日は小魚を咥えて飛んで来るコアジサシはあまり見られず。給餌の場面は2回ほどしかありませんでした。



令和8年5月10日撮影  近くの水田地帯の耕作放棄地にて
オオヨシキリ
 近くの水田地帯の耕作放棄地に行きました。耕作放棄地は遊水地など洪水対策施設の予定地です。ねらいはセッカでしたが広い洪水対策施設の予定地の草はすべて刈り取られていました。ただ、洪水対策施設の予定地の隣の空き地のオギ原でオオヨシキリが数羽大きな声で鳴いていました。



令和8年5月6日  地元の山の上の桜園にて
キビタキ
山の上の桜園にもキビタキがいました。枝から枝へと飛び移り楽しませてくれました。



令和8年5月7日  少し遠くの大きな公園付近にて
コアジサシ・ゴイサギ
少し遠くの大きな公園の近くの空き地やため池にコアジサシを撮影に行きました。
 最初に公園の駐車場近くの空き地に行きました。毎年、この空き地がコアジサシの営巣地になっています。卵や雛は確認できませんでしたが、数羽のコサメビタキがいて、時々別のコアジサシが小魚を咥えて飛んできて給餌する場面が見られました。
 空き地でコアジサシを撮影した後、公園の近くにある大きなため池に行きました。池の中にある釣り桟橋の残骸にとまっている2羽のコアジサシを見つけました。期待した池に飛び込んで魚を捕る場面や給餌は見ることができませんでした。(もう少し待っていたら見ることができたのでしょうが、所用があり帰りました。)
 コアジサシと同じ足が黄色で頭部が黒い白い鳥が飛んでいました。ただ大きくてコアジサシではなさそうです。撮影した後、モニター画面で見てみるとゴイサギでした。



令和8年5月7日  大隅の田の神さあ 曽於市の田の神2
富田の田の神
鹿児島県曽於市末吉町南之郷富田 
 大隅半島の北部に位置する曽於市には神職座像型の田の神も見られるが、田の舞型の田の神像が多く、田の神像の様相は大隅半島の中部の鹿屋市や肝属郡とは違っている。
 曽於市の田の舞型の田の神像のなかでも味わい深いのが富田の田の神である。右手でメシゲをかかげ、左手で椀を持った田の神で、大きく膨らんだお腹と両膝の丸く膨れた裁着け袴が福耳を持ったにこやかな丸顔とマッチして、田の神舞を舞う素朴な農民と行った風情である。



池山の田の神
鹿児島県曽於市末吉町岩崎池山
 「池山の田の神」は池山公民館の前に水田に向かって立っている。シキを頭巾のようにかぶって左手にメシゲ、右手にスリコギをかかげて持って立つ田の神である。丸く膨れた裁着け袴をはいて田の神舞を踊る農民風の田の神である。鼻と口が破損しているのが惜しい。



令和8年5月4日  隣町の山中の森にて
キビタキ
 隣町の山ではキビタキ・ソウシチョウ・センダイムシクイ・ウグイス・コジュケイなどの鳴き声が聞こえるのですが、撮影できたのはこの日もキビタキだけでした。



令和8年5月4日  大隅の田の神さあ 曽於市の田の神1
大隅の田の神さあ7
(曽於市)
 「大隅の田の神さあ7」は曽於市の田の神を紹介する。曽於市は大隅半島の北部に位置し2005年、曽於郡の末吉町・財部町・大隅町が合併して誕生した市である。曽於市ではシキを被りメシゲと椀やすりこ木を持ち、裁着け袴をはいた農民風の田の神が多い。その中でも財部町の「大河原の田の神」や「刈原田の田の神」、末吉町の「富田の田の神」「池山の田の神」などは田の舞型の田の神で個性的で動きのある魅力的な田の神である。

 大隅半島の特色ある田の神として神職型座像の田の神ある。頭には冠や烏帽子の代わりにシキをかぶり、手には笏ではなくメシゲとスリコギまたは椀を持つ。大隅半島の神職型座像の田の神は右膝を半ば立てた趺座の形で組む像が多いが、安座する像も見られる。曽於市でも「広津田の田の神」や「仮屋の田の神1・2」・「新田の田の神」が神職型座像の田の神である。そのうち「広津田の田の神」と「仮屋の田の神2」・「新田の田の神」が安座像で「仮屋の田の神1」は右膝を半ば立てた趺座像である。「広津田の田の神」と「仮屋の田の神1」はメシゲとスリコギを持ち、「仮屋の田の神2」と「新田の田の神」はメシゲと椀を持つ。



刈原田の田の神
鹿児島県曽於市財部町北俣刈原田  「文化8(1811)年」
 刈原田の田の神は長袴を着て、両手でメシゲを持って田の神舞を踊る姿の田の神像で、口をひん曲げゆがめた顔に特徴がある。刈原田の田の神も西田の田の神や新中の田の神と同じく、田の神が厳粛な神から戯れ神に庶民化して、戯画的に表現したものである。この田の神像の前には前にはミニサイズの田の神像が置かれている。



大川原の田の神
鹿児島県曽於市財部町下財部大川原  「安永9年(1780)年」
 大川原の田の神も田の神舞型の田神である。宮内の田の神や富田の田の神などと同じく右手でメシゲをかかげ、左手に飯椀を持って、右足をやや前に出して田の神舞を舞う田の神像である。宮内や富田の田の神と比べると動きもなく、体躯は子供のような稚拙な表現になっている。しかし、味わい深い農民風の顔と、白・青・赤・茶をうまく使った彩色が、この像を引き立て魅力ある田の神像になっている。「安永9年(1780)年」の刻銘がある。



令和8年5月2日  地元の山の麓の森にて
キビタキ
 28日にキビタキを撮影した地元の山の麓の森に行きました。この日も2か所にキビタキがいました。1か所目はちらっと見ただけで写せませんでしたが、2か所目でさえずっているキビタキを撮影できました。



令和8年5月1日  大隅の田の神さあ 霧島市の田の神6
剣之宇都の田の神
鹿児島県霧島市国分剣之宇都町
 「剣之宇都の田の神」は剣之宇都町の横に水路がある道路脇に祀られている。像高80㎝の大きなシキをかぶって左手にメシゲ、右手に振り鈴(神楽鈴)を持った半跏像である。台座に「昭和十二年(1937)」の紀年銘がある。

 振り鈴を持った田の神像は神舞(カンメといい神楽のこと)を舞う神職を表した神舞神職型や神舞神職型とメシゲ持ち田の神と融合した「野里の田の神」などの田の神舞神職型など大隅にみられる(薩摩では男女並立型の女神が振り鈴をもつものがある。)。神楽や田の神舞に使う振り鈴を持った半跏像は他にみられない。江戸時代からの田の神像の様々な様式を融合した、写実的な穏やかな顔や力強い量感のある表現で、近代の田の神像の秀作である。



 
小村新田の田の神
鹿児島県霧島市国分広瀬  「弘化4(1487)年)」
 「小村新田の田の神」は弘化4(1847)年に小村新田開拓の時に豊作を祈ってたてられたもので、もとは堤防近くの遊水池脇にあったという。現在は国道10号線沿いに、神祠・保食神と3体並んでいる。像高100㎝のシキをかぶって裁着け袴を着けた立像で、現在は破損しているが右手にメシゲ、左手に椀を持っていたという。顔も風化して表情はわからない。



紫尾田の田の神
鹿児島県霧島市横川町上ノ3104-1  「延享元年(1744)」
 霧島市の田の神は隼人地区と国分地区以外の地区にも優れた田の神や特色ある田の神があるが、「紫尾田の田の神」を除いて訪れることができなかった。「紫尾田の田の神」は最古の神官型田の神と聞いていたので、鹿児島空港に向かう途中にこれだけは見たいと帰りの飛行機の時間が近づく中、無理して訪れた。

 鹿児島県では神官型田の神の多くは安座姿で県の有形民俗文化財の般若寺の田の神・上木田の田の神などがそれである(腰掛け型は宮崎県近くの伊佐市菱刈町に数体見られる)。「紫尾田の田の神」から正保元年(1664)という田の神像としては最古の刻銘が見つかり話題になった。元は山中の洞窟にあったという。赤いベンガラの彩色が残り像高60㎝で両手を輪組にし安座する。
 正保元年(1664)の造立とすると、神像(神官)型の田の神像は宮崎から始まったと言われている定説が覆る。ただ、霧島市教育委員会の発行するの「霧島市の田のかんさぁ」(2010年刊)では、銘を「正保元年十一月」ではなく「延享元甲子十一月」と解読し「延享元年(1744)」としている。



4月