「フォトギャラリー 石仏と野鳥」 新着  2018年7月
 
6月

 
2018.7.18            田の神サア50選(20)   浦之名の田の神
鹿児島県南さつま市金峰町浦之名 「寛政12(1800)年」 
 メシゲと先がカギ状に曲がった小さな鍬のようなものを持つ円筒形の僧型立像の田の神像の他に、薩摩地方の僧型の田の神として、鍬とメシゲを持ち、ワラヅトを背負った田の神ある。特に南さつま市金峰町には、白川東の田の神、浦之名の田の神、池辺中の田の神などこの型の魅力的な田の神像がある。多くは台石だけでなく蓮華台にのる。白川東の田の神は円筒形僧型立像と同じ享保年間の作である(「享保5年(1720)年」紀年銘)。
 浦之名の田の神は縦に長い基壇にのった田の神で、重たそうなシキをかぶる。袖の長い長衣をつけて、ワラヅトを背負って、右手に台鍬を、左手にメシゲを持つ。翁風の顔か魅力的な田の神像で基壇正面に「寛政12(1800)年」の紀年銘がある。

 
                    田の神サア50選(21)   池辺中の田の神
鹿児島県南さつま市金峰町池辺 中 「文化2(1805)年」
 池辺中の田の神は、鍬、メシゲ、ワラヅト持ちの田の神像の代表作である。首をすくめたような表現や、穏やかな翁風の顔などは浦之名の田の神などと共通する。角石台と反花と蓮弁の蓮台(計高70p)の上に立つ像高63pの像で、キャブ状のシキを被り、袖の長い長衣をつけ、帯紐を前にたらしている。右手に持った台鍬は浦之名の田の神の田の神のものよりは短い。
 浦之名の田の神よりはずんぐりと低い姿であるが、均整のとれた美しい姿の田の神像である。文化2(1805)年の紀年銘を刻む。

 
2018.7.17           田の神サア50選(19)   仲間の田の神
宮崎県小林市東方仲間 「享保7年(1722)」 
 宮崎県の田の神の中にも僧衣を着た田の神が見られる。「享保7年(1722)」 の刻銘を持つ小林市の仲間の田の神が代表作といえる。狛犬の彫られた台の上に上にのり大きな笠状の頭巾を被り、ひだの多い長衣をつけた像でベンガラで見事に彩色されている。
 手は指の間にものを差し込むように穴があいていて、右手には御幣をかざし、左手に竹製のメシゲのような杓子を持っている。衣服と帽子と台座は濃い紅に塗られていて、白塗りにの顔は黒い墨で目鼻が描かれている。顔の彫りは墨で描かれた目鼻口が目立ちわからないが、体躯、台座の彫りはすばらしい。

 
2018.7.16                  田の神サア50選(17)   山田の田の神
鹿児島県鹿児島市山田町一丁田 「享保8(1723)年」 
 田の神石像は初め、神像及び仏像として出発したと思われる。「(15)中津神社の田の神」までは神像型→神職型→田の神舞型・神舞型という流れで神像・神職型の田の神を取り上げた。もう一つの流れの仏像型→僧型→旅僧型のという流れである。
 僧型の最も古いものは、円筒形につくられた特異な姿の頭巾風のシキをかぶった僧型立像の田の神像である。享保年間につくられたものが多く、最も古い紀年銘を持つのが日置市の中田尻の田の神享保2年(1717)」である。他に鹿児島市の永田の田の神「享保6(1721)年」、南さつま市金峰町の宮崎の田の神「享保17(1732)年」などがあげられる。
 残念なことに、これらの像は摩滅欠損が目立つ。その中で、最も保存状態がよいのが、この山田の田の神「享保8(1723)年」で、像高約60pで美しくよく整った像である。右手にメシゲ、左手に棒先がカギ状になった鍬のようなものを持っている。県の有形民俗文化財である。

 
                     田の神サア50選(18)   宮崎の田の神
鹿児島県南さつま市金峰町宮崎 「享保17(1732)年」
  宮崎の田の神は山田の田の神や中田尻の田の神などと同じように頭巾風にシキをかぶり、メシゲと先がカギ状に曲がった小さな鍬のようなものを持つこけしのように円筒形に作られた田の神である。「享保十七壬子年二月九日」「奉供養庚申敬白」と両袖部に刻銘があり、台座には庚申講の講員の名を刻まれている。(県民俗資料文化財)は 

 
2018.7.15          田の神サア50選(16)   中組の田の神
鹿児島県薩摩川内市入来町副田中組 「宝永八年(1711)」
 最も古い紀年銘を持つ田の神は「宝永2(1705)年」の紫尾の田の神である。それに次ぐのが「宝永8(1711)年」の紀年銘のある中組の田の神である。ともに仏像型の田の神である。中組の田の神は、背中を曲げた立像で、地蔵のような姿の田の神像である。地蔵を表す梵字のカが「田神大明神」などと共に台石に刻まれていて、地蔵を本地として田の神にしたもので、仏像型田の神の典型である。紫尾の田の神もこれに似た田の神像であるが頭部が欠けている。共に県の有形民俗文化財に指定されている。

 
2018.7.14          田の神サア50選(14)   上別府の田の神
鹿児島県鹿屋市下高隈町上別府 「明和2年(1765)」
 鹿屋市の高隈町付近には中腰で神舞(カンメといい神楽のこと)を舞う神職を表した田の神像が、何体か見られる。その中で最も古く(「明和2年(1765)」)、優れているのが上別府の田の神である。
 烏帽子をつけ、袂の短い上衣に、長袴をつけている。右は振り鈴を持っていたと考えられるが欠けてない。左手は輪を作って孔がある。弊などをさして持たしたと思われる。御幣を腰に2本さしている。顔は歯を出して笑っていて、調和のとれた整った舞姿の田の神像である。

 
                 田の神サア50選(15)   中津神社の田の神
鹿児島県鹿屋市上高隈町高隈中央
 中津神社の参道の手前の石垣の上に祀られている神舞を舞う田の神像である。中腰で烏帽子をつけ、赤・黒・白で見事に彩色されている。デフォルメされた下膨れの顔である。白塗りの顔で頬とおちょぼ口は赤く塗られているため、おかめの面をかぶっているように見える。同じような顔の神舞神職型の田の神は高隈町谷田にもある。

 
2018.7.13            田の神サア50選(13)  川北の田の神
鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北久保 「享保16年(1731)」  
 川北の田の神は享保16(1731)年に建てられたもので、大隅半島では最も古い紀年銘を持つ。台に俵と三つの丸い団子のようなものが彫ってあり、頭巾風にメシゲをかぶり、膨らんだ裁着け袴(たっつけばかま)をはき、メシゲとスリコギを逆八の字に持つ神職立像型の田の神である。県の有形民俗文化財に指定されている。

 
2018.7.12             田の神サア50選(11)   豊原の田の神
鹿児島県志布志市有明町吉村豊原 「寛保3年(1743)」
 薩摩地方にはあまり見られず大隅半島に多く見られる田の神像として神職型座像の田の神が上げられる。頭には冠や烏帽子の代わりにシキをかぶり、手には笏ではなくメシゲとスリコギを持つ。
 神職型座像の田の神の代表的な像が右膝を半ば立てた趺座の形で組む志布志市有明町の豊原の田の神である。シキは頭巾風で編み目はない。神職型座像の田の神としては「寛保3年(1743)」という古い紀年銘を持ち、庶民的な顔であるが、重厚で安定した座像で、威厳のある像である。「野井倉の田の神」の名称でで県の有形民俗文化財に指定されている。

 
                      田の神サア50選(12)   堂園の田の神
鹿児島県鹿屋市串良町細山田堂園
 大隅半島の神職型座像の田の神像は広津田の田の神や森山の田の神のように安座する像もあるが、メシゲとスリコギを持ち膝を立てた趺座の形で組む神職型座像が多く見られる。
 特に鹿島市串良町の串良川流域の神職型座像の田の神は口や顔をゆがめた個性的な顔をした田の神像が多い。映画「望郷」(1993年・斎藤耕一監督)のロケ地となった串良川沿いの土手にある堂園の田の神は口をゆがめて笑う庶民的でユーモラスな田の神である。

 
2018.7.13           田の神サア50選(13)  川北の田の神
 鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北久保 「享保16年(1731)」  
 川北の田の神は享保16(1731)年に建てられたもので、大隅半島では最も古い紀年銘を持つ。台に俵と三つの丸い団子のようなものが彫ってあり、頭巾風にメシゲをかぶり、膨らんだ裁着け袴(たっつけばかま)をはき、メシゲとスリコギを逆八の字に持つ神職立像型の田の神である。県の有形民俗文化財に指定されている。

 
2018.7.12             田の神サア50選(11)   豊原の田の神
鹿児島県志布志市有明町吉村豊原 「寛保3年(1743)」
 薩摩地方にはあまり見られず大隅半島に多く見られる田の神像として神職型座像の田の神が上げられる。頭には冠や烏帽子の代わりにシキをかぶり、手には笏ではなくメシゲとスリコギを持つ。
 神職型座像の田の神の代表的な像が右膝を半ば立てた趺座の形で組む志布志市有明町の豊原の田の神である。シキは頭巾風で編み目はない。神職型座像の田の神としては「寛保3年(1743)」という古い紀年銘を持ち、庶民的な顔であるが、重厚で安定した座像で、威厳のある像である。「野井倉の田の神」の名称でで県の有形民俗文化財に指定されている。

 
                      田の神サア50選(12)   堂園の田の神
鹿児島県鹿屋市串良町細山田堂園
 大隅半島の神職型座像の田の神像は広津田の田の神や森山の田の神のように安座する像もあるが、メシゲとスリコギを持ち膝を立てた趺座の形で組む神職型座像が多く見られる。
 特に鹿島市串良町の串良川流域の神職型座像の田の神は口や顔をゆがめた個性的な顔をした田の神像が多い。映画「望郷」(1993年・斎藤耕一監督)のロケ地となった串良川沿いの土手にある堂園の田の神は口をゆがめて笑う庶民的でユーモラスな田の神である。

2018.7.12         カワラヒワとホオジロの幼鳥・アオサギ・ケリ    近くの川と田んぼにて
 セッカを狙って近くの川へ行きました。さえずりは聞こえたのですが、撮れませんでした。前にセッカを撮ったススキによく似た雑草セイバンモロコシの穂にはカワラヒワの幼鳥がとまり、実を食べていました。
ホオジロの幼鳥もいました。
川の中州ではアオサギ・カワウ・カルガモ・ダイサギなどが休んでいます。アオサギの1羽は羽づくろいをしていました。
 水の張った休耕田にはケリが多数いました。8月から9月にかけてはクサシギやタカブシギ、ジシギなどが見られるのですが、今はケリしかいません。この休耕田には一昨年にはセイタカシギやアオアシシギも来ました。

2018.7.11                  キビタキ           地元のハイキングコースにて
 地元のハイキングコースへ出かけました。ハイキングコースを登っているとキビタキのさえずりは聞こえたので、カメラを向けたのですが、谷底の方へ飛んで行ってしまいました。展望台まで向かおうとしたのですか、雷が聞こえたので途中で引き返しました。帰り道、キビタキの地鳴きが聞こえて、近くの枝にキビタキがとまりました。
久しぶりにキビタキを撮りました。
しばらくすると、さえずりながら遠くへ飛んでいきました。

 
2018.7.10           田の神サア50選(9)   紫尾田の田の神
鹿児島霧島市横川町上ノ3104-1  「延享元年(1744)」 
 鹿児島県では神官型田の神の多くは安座姿で県の有形民俗文化財の般若寺の田の神・上木田の田の神などがそれである(腰掛け型は宮崎県近くの伊佐市菱刈町に数体見られる)。紫尾田の田の神から正保元年(1664)という田の神像としては最古の刻銘が見つかり話題になった。元は山中の洞窟にあったという。赤いベンガラの彩色が残り像高60pで両手を輪組にし安座する。
 正保元年(1664)の造立とすると、神像(神官)型の田の神像は宮崎から始まったと言われている定説が覆る。ただ、霧島市教育委員会の発行するの「霧島市の田のかんさぁ」(2010年刊)では、銘を「正保元年十一月」ではなく「延享元甲子十一月」と解読し「延享元年(1744)」としている。

 
                      田の神サア50選(10)   養母の田の神
鹿児島県日置市東市来町養母元養母  「明和6年(1769)」 
 鹿児島県の薩摩地方の神官型の田の神で特色あるものとして神像型立像がある。延享4年(1747)の紀記銘がある坂下の田の神や明和6年(1769)の紀年銘のある養母の田の神がそれである。
 養母の田の神は笏を持ち冠をかぶる像高86pの像で、下に垂れる纓(えい)も表現している。眉のつり上がった憤怒相の顔が残っていて、長い袖などの着衣の線も伸びやかで神像型立像の田の神を代表する像である。県の有形民俗文化財である。

2018.7.9         キセキレイ・アオサギ・チュウサギ    近くの川と田んぼ・地元のハイキングコース
 地元のハイキングコースへ出かけました。サンコウチョウらしき声やキビタキのさえずりは谷沿いの森から聞こえるのですが、近づけません。結局撮影したのは道に下りてきた3羽のキセキレイの幼鳥でした。
カメラの設定を変える暇もなかったので、ピントは1羽にしか合わせることができませんでした。
 前日の8日はセッカを狙って近くの川へ行きました。さえずりは聞こえたのですが、撮れませんでした。悠然と口を開け、舌を出して飛ぶアオサギを撮影しました。(7/8撮影)
田んぼではチュウサギを撮りました。(7/8撮影)

 
2018.7.8             田の神サア50選(7)   川上の田の神
鹿児島市川上町川上宮之前 「寛保元年(1741)」 
 川上町の川上小学校近くにある川上の田の神は、大きなシキを笠の用にかぶり、右手にメシゲ、左手にスリコギを持って、田の神舞を踊る姿を表した田の神である。顔は西田や触田の田の神のような、カリカチュアライズされた表現ではく、慎ましげに微笑む。長袴ではなく、裁着け袴(たっつけばかま)をはき、左足を一歩上げて踏み出す。県の有形民俗文化財に指定されている。

 
                      田の神サア50選(8)   茄子田の田の神
鹿児島市花尾町茄子田 「宝暦3年(1753)」 
 鹿児島市花尾町の茄子田の田の神はメシゲとスリコギを持った田の神である。鼻の一部や中を中空に彫った口の一部が欠けているため、一見不気味に見えるが、よく見ると川上の田の神のように微笑んでいる。この像も裁着け袴(たっつけばかま)をつけていて、軽く左足を踏み込む。長袴をはいた西田や触田の田の神に比べるとより動的になっている。鹿児島市の有形民俗文化財に指定されている。

 
2018.7.7           田の神サア50選(6)   山崎麓の田の神
鹿児島県さつま町山崎山崎上 「寛政5(1793)」
 シキを被りメシゲを持った田の神の中には、端正な姿で静かに立つ、神職をモデルにした田の神が薩摩地方に何体かある。その代表といえるのが山崎麓の田の神である(「寛政5(1793)」)。
 着衣は上級公卿の日常着の直衣で、衣冠束帯の神官型立像の田の神が、シキをかぶりメシゲを持ち田の神舞を踊る神官の田の神に変化していった典型的な例である。着衣の袖や裾など膨らみのある写実的な曲線で端正な顔と共に柔和な表現となっている。鹿児島の田の神を代表する像の一つである。

 
2018.7.6             田の神サア50選(4)   新田場の田の神
宮崎県小林市真方新田場 「享保5年(1720)」 
 田の神像はシキを被りメシゲを持ったものだけでなく、笏を持った衣冠束帯や直衣・狩衣の神官(神像)姿の田の神もある。これらの田の神は制作年代も古く、江戸時代中期にさかのぼる。神官型は宮崎から始まったと言われていて、その代表といえるのが「享保5年(1720)」の刻銘がある小林市の新田場の田の神である。
 木造の覆堂に、牡丹の花が彫られた見事な台座の上に、椅子のようなものに腰かけた衣冠束帯の神官姿の丸彫りの田の神が祀られている。右手は軽く握っていて、指の間にものを差し込むように穴があいている。左も同じような形だと思われるが、手首から先は欠けてしまっている。
 田の神の魅力のは農民型に代表される素朴さにあると私は思っていたが。上品で優美な像なこの田の神を見たとき、私のそのような認識を改めざるえなかった。1月初旬に訪れたときには、白塗りの顔とともに、衣服はピンクに台座は水色とピンクにあざやかに彩色されていた。

 
                      田の神サア50選(5)   谷川の田の神
宮崎県都城市高崎町前田谷川  「享保9年(1724)」 
 都城市高崎町の谷川の田の神(「享保9年(1724)」)も神官(神像)姿の田の神である。谷川の田の神は、彩色の跡は一部残るが、現在、彩色されていないため、黒質の緻密な岩肌の滑らかさが際だった優美な石像となっている。
 衣冠束帯姿の腰掛け型で、新田場の田の神と同じように、右手は軽く握っていて孔をつくっている。左も同じような形だと思われるが、手首から先は欠けてしまっている。切れ長の目と筋の通った鼻(鼻先がかけているのが惜しい)、引き締まった口など端正な顔である。束帯姿の衣服の表現も、両側に振り広げた袖口など写実的で、新田場の田の神と共に、宮崎の田の神を代表する像である。

 
2018.7.5           田の神サア50選(2)   触田の田の神
鹿児島県姶良市姶良町平松触田 「元文二年(1737)」
 田の神舞を舞う神職の姿を表した田の神像で「享保3年(1718)」という最も古い刻銘を持つ像は姶良市蒲生町の漆の田の神である。触田の田の神像も古く「元文二年(1737)」の紀年銘を持つ。幅のシキを被り、右手でメシゲをかかげ、左手で椀を持って田の神舞を踊る丸彫りの田の神で、大きな丸い顔と、垂れ目で少し笑った独特の面貌の田の神である。
 西田の田の神と同じく赤くベンガラで彩色されている。稚拙ながらユーモアあふれる西田の田の神と比べると、カリカチュアライズされた表現ながら神職らしい威厳が感じられる田の神である。

 
2018.7.5           田の神サア50選(3)   東下の田の神
鹿児島市東佐多町東下
 触田の田の神から1qほど離れた鹿児島市東佐多町東下の神社にある田の神像で触田の田の神とそっくりな像である。シキを被り、右手でメシゲをかかげ、左手で椀を持って田の神舞を踊る像で像高は触田の像と同じく89pで、大きな丸い顔と、垂れ目で少し笑った独特の面貌は全く同じである。
 ここより1.2q離れた西下集会施設内にもこれらの像とそっくりな鵜木の田の神像があり、添えられた碑には「享保21年(1736)」の紀年銘と前田喜八という作者名が刻まれていて、触田・東下・鵜木の田の神は前田喜八の作と考えられる。東下の田の神も触田・鵜木と同じ頃の作と思われる、顔は触田の田の神像と違って白く彩色されていて、触田の像より穏やかな顔に見える。

 
2018.7.4           田の神サア50選(1)   西田の田の神
鹿児島県姶良市下名西田 「文化2(1805)年」
 鹿児島県から宮崎県の一部にかけて特色ある石像として「田の神」石像がある。村々の田のあぜ道に立つ、田の神石像は、「田の神様(タノカンサア)」として現在も信仰を集めている。田の神像で最もよく知られているのが、シキを被りメシゲや飯椀またはスリコギを持ち微笑んだり、ユーモラスな顔をした田の神である。これらは神職や氏子が田の神となって祭りの時などに舞う、田の神舞の姿をモデルにしたものである。
 この西田の田の神は私が田の神石像に興味を持ったきっかけとなった田の神像である。県の文化財として指定されたものではないが、田の神像のおもしろさを表した田の神像として、江戸時代の庶民の息吹を感じさせる田の神像として、田の神サア50選の最初として取り上げた。自然石の前面を平らにして、舟形に彫り窪めて浮き彫りしたもので、下がり目と、大きな鼻・ふくれた頬などべそをかいたような滑稽な顔が印象的な田の神像である。

2018.7.3             コチドリの偽傷行動3              近くの川沿いの畑にて
セッカの鳴き声を聞いたり、飛ぶ姿は見たのですか撮影できず、いつものコチドリです。
コチドリにとっては迷惑でしょうが、今日も擬傷行動などいろいろなアクションをしてくれました。

6月