福島県の磨崖仏2
 
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岩谷観音磨崖仏
  福島県には、平安後期から鎌倉時代にかけての磨崖仏とともに、江戸時代の磨崖仏が多く、現存する磨崖仏の数では平安・鎌倉期をしのぐ。 福島県の江戸時代の磨崖仏で目立つのは、西国三十三観音を模した三十三所観音である。

  江戸時代の石仏には三十三所観音が多く見られる。 それは、 西国三十三観音の巡礼巡りの信仰の盛行を反映したものである。 全国各地に巡礼巡りの組織がつくられ、それがミニチュア化して、一寺院や一山に三十三観音石仏がつくられていった。 こうしてできた石仏は形式化した個性のないものがほとんどである。

  しかし、福島県の場合、多くが磨崖仏であるため、形式化を免れている。 福島市信夫山の岩谷観音のように、 東北地方の磨崖仏の伝統を受け継いだ厚肉彫りの傑作もある。 
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滝八幡磨崖仏

1_b2.gif (1021 バイト)福島の石仏地図



岩谷観音磨崖仏        江戸時代    

・福島県福島市信夫山           

・アクセス
 JR東北線「ふくしま」駅よりバス「日赤前」下車徒歩5分
 自動車  国道4号線岩谷下交差点西入る

・ 福島市の町のすぐ北にそびえる信夫山、その東端の中腹に岩谷観音がある。岩谷観音は応永二十三年(1416)に観音堂が建立されたのにはじまる。江戸時代、宝永六年(1709)頃から岩谷一面に、西国三十三所観音をはじめとして、庚申・弁財天・釜神などが彫られた。風化は著しいが厚肉彫りで像容の優れたものが多い。特に西国三十三番、谷汲山華厳寺の十一面観音はその中でも傑作である。       

弁財天 不動明王 馬頭観音 十一面観音 十一面観音 十一面観音

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布川下神山磨崖仏  江戸時代 享保8(1723)年

・福島県伊達市月舘町布川三淀ヶ入                

・アクセス
福島駅東口より月舘経由「川俣」行きバス乗車。「月舘」下車。東へ1.2q。
自動車  東北自動車道「福島飯坂IC」より国道13号を南へ850m、「福島北警察署入口」で左折、東へ2.9q、「北幹線東入口」で右折。国道4号線を南へ2.8q、「岩谷下」左折。国道115号線を東へ12.8q、右折して国道349号線を南へ4.7q。左折して国道399号線を東へ1.6q。左折して布川を渡った左。

・ 月舘町の布川の渓流沿いに不動堂があり、御堂に向って右手の花崗岩の岩肌には、享保8年(1723)癸卯の年号のある半肉彫の磨崖仏三十三所観音像が刻まれている。6体の観音はやや離れた場所に刻まれているが、残りの27体の観音と番外の阿弥陀如来は大きな岩に3段に渡って整然と併刻されていて、千体仏を連想させる。像高はすべて35〜40pほどで、すべて立像である。西国三十三所観音の巡礼巡りの信仰から彫られたものであるが西国三十三所観音とは一部違った構成になっている。

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岩蔵寺薬師如来磨崖仏・磨崖三十三観音  江戸時代 万延元(1870)年 

・福島県二本松市太田岩前                 

・アクセス
JR東北線「にほんまつ」駅下車、「二本松駅入口」バス停より「東和小学校」行きバス乗車。「川口」下車。北へ2.1q。
自動車  東北自動車道「二本松IC」より国道459号線から国道4号線に入り約4q、「安達ヶ原入口」で左折し国道4号線を跨いで、県道62号線を東へ7q。「川口」付近で左折して山道を北へ2.1q。

・ 稚児舞台などの名勝を見下ろす阿武隈川東岸の、丘陵の山頂に岩蔵寺がある。山頂付近の岩蔵寺本坊から100m程山道を西に下った所に市の有形文化財になっている岩蔵寺薬師堂が建っている。その薬師堂に北面した山腹に大きな花崗岩壁があって、そこには大きな自然窟がり、その奥壁に岩谷薬師と称される薬師如来が刻まれている。舟形光背を彫り沈め、蓮華座に坐す定印で大きな薬壺を持った薬師如来を半肉彫りしたものである。岩蔵寺の称号も、この岩谷薬師にちなんで付けられたものという。万延元(1870)年造立の三十三所観音像より、遠く遡るものと考えられる。
 磨崖三十三観音は薬師堂から本坊と墓地のある山頂に至る山や谷の花崗岩の露頭石や岩壁の石面に刻まれている。西国一番の青岸渡寺の如意輪観音は薬師堂前の露頭石に半肉彫りで彫られていて、右手を思惟相にして、左手で蓮華を持った半跏像である。脇には萬延元申四月吉日等の刻銘があるというが苔で確認できなかった。
 1番以外の観音像はすべて線刻で2番から6番の観音像は薬師磨崖仏付近の岩に刻まれていて、7番から19番は薬師堂裏から本坊に至る山道沿いの岩に、20番から33番までは本坊の裏の墓地の東の岩や石に刻まれている。各像は宝冠を冠し、蓮華座に有し、横に札所番号を陰刻している。33番像の横に石工名等が刻まれている。岩角山の線刻磨崖三十三観音に比べると稚拙さが目立つが、第11番の准胝観音などはシャーブな力強い線刻で、素朴な魅力がある。

 



七石山磨崖三十三観音  江戸時代 嘉永4(1732)年

・福島県二本松市上川崎水梨                  

・アクセス
JR東北線「にほんまつ」駅下車、「二本松駅入口」バス停より「東和小学校」行きバス乗車。淺川」下車。北東へ2.1q。または、JR東北線「安達」駅前より二本松市コミュニティーバス乗車、「6区会館」下車。(月水金)
自動車  東北自動車道「二本松IC」より国道459号線から国道4号線に入り約4q、「安達ヶ原入口」で左折し国道4号線を跨いで、県道62号線を東へ4.2q。左折し、阿武隈川にかかる智恵子大橋を渡り、左折地点から1.7q、右折して0,2q、右折してすぐ。

・ 上川崎水梨の八幡宮の前の小山、七石山(愛宕山)の山腹のたくさんある花崗岩の露頭石や岩壁の石面に三十三観音が刻まれている。薄肉彫りの第33番観音を除いて全て線刻で像高70p、蓮華座にのり宝冠を冠している。所々に朱が残っていて彩色されていたことがわかる。

 



安達ヶ原岩屋磨崖仏  江戸時代 享保8(1723)年

・福島県二本松市安達ヶ原観世音寺                  

・アクセス
R東北線「にほんまつ」駅よりバス「安達ヶ原」下車
自動車  東北自動車道「二本松IC」より国道4号を経て、東へ5km

・能の「黒塚」で知られた、鬼女、岩手が籠もったといわれる安達ヶ原岩屋は観世寺境内にある。 大きな岩が積み重なった奇怪な姿のこの岩屋の岩に線刻や薄肉彫りの三十三所観音が刻まれている。 ほとんどが1mみたない小像であるが、鬼女伝説とあいまって庶民の厚い信仰が感じられる。 

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岩角山磨崖仏        江戸時代    

・福島県本宮市和田東屋口          

・アクセス
 JR東北線「もとみや」駅より北東へ7.9q。
 自動車  東北道「本宮」ICより国道4号線を北へ5.9q。玉貫を 右折し東へ4.6q。白沢公民館   和田分館前を左折し北へ1.2q。白蛇観音前を右折、東へ0.4q。

・ 本宮市と二本松市との境に位置する岩角山(いわつのやま)に、仁寿元年(851年)慈覚大師が開基したとつたえられる岩角寺(がんかくじ)がある。岩角山はわずか標高337メートルの小さな山ながら、うっそうとしたしげった杉の木々や、、山中に点在する巨岩奇石そして那須連峰や阿達太良山を一望できる山頂からの眺めなど、魅力的な山である。福島県指定名勝及び天然記念物に指定されている。巨岩奇石の多くには線刻の磨崖仏が彫られていて、岩角山観光協会の案内板には八百八体の仏が刻まれていると記されている。現在、約200体の磨崖仏(磨崖梵字も含む)が確認されている。<小林源重著「ふくしまの磨崖仏」>
 これらの磨崖仏は元禄年間以降に彫られたもので、その中でも最も古いものが、養蚕神社の本尊として堂の中に祀られている元禄3(1690)年の紀年銘を持つ養蚕(こがい)観音とよばれる厚肉彫りの聖観音である。この観音は二本松城主丹羽光重が元禄3(1690)年に霊夢のお告げにより、養蚕業を興すにあたり刻ませたもので、顔は丹羽公に似ていると言われている。
 丹羽光重は住僧豪伝和尚とともに、岩角寺を再興し、養蚕観音造立をはじめて毘沙門堂などの諸堂の再建、三十三所観音などの線刻磨崖仏造立をすすめた。三十三所観音など線刻磨崖仏には奉納した寄進者施主名が刻まれていて、人々の信仰に支えられて岩角寺が栄えたことがわかる。
 養蚕観音とともにこの磨崖仏群の白眉は案内地蔵と呼ばれる像高300pの薄肉彫りの地蔵立像で、城主丹羽光重が亡くした子どもへの供養のために刻んだものである。三十三所観音は素朴な表現であるが伸びやかな線で描かれている。三十三所観音以外の線刻像は追刻と思われ、やや硬い表現となっている。那智観音堂の近くの岩には半肉彫りの准胝観音像がある。正徳2年(1712)の紀年が彫られている。

養蚕観音 三十三観音
14番像
准胝観音 地蔵菩薩 地蔵菩薩 三十三観音
8番像

 


滝八幡磨崖三十三観音         江戸時代    

・福島県西白河郡矢吹町滝八幡           

・アクセス
JR「やぶき」駅下車徒歩20分
自動車  東北自動車道「二本松IC」より国道4号を北へ4km「柳堀込」交差点を西へ700m

・ 県立矢吹病院の裏の隈戸川の川岸の崖に先丸形の光背龕を彫り込め、その中に一体一体、三十三所観音が半肉彫りされている。 小像であるが、整った端正な磨崖仏である。川岸に一列に刻まれているため、増水時には石仏に近づけない。現在、歴史公園としてきれいに整備されいる。     

如意輪観音 馬頭観音 聖観音

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大供磨崖三十三観音          江戸時代    

・福島県郡山市田村町守山           

・アクセス
 JR水郡線「いわきもりやま」駅下車徒歩10分
 自動車  東北自動車道「須賀川IC」より県道須賀川・三春線を国道49号線へ 守山小学校横を東入る

・ 安永2年〜5年(1773〜1776年)に造立された、三十三所観音磨崖仏。悪性の疫病で苦しんでいたこのあたりの村の人が、疫病退散を願って、各戸から寄付を募り、造立したという。舟形光背龕に半肉彫りされている。パターン化された小像であるが、素朴な美しさがある。      

聖観音・千手観音 如意輪観音 准胝観音・千手観音

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硯石磨崖三十三観音          江戸時代    

・福島県白河市表郷番沢硯石           

・アクセス
 JR東北新幹線「新白河」駅よりJRバス「谷中温泉」下車。西へ1q。
 自動車  東北自動車道「白河IC」より国道4号線を東へ2q。右折し1q、国道289号線を南東へ7.4q。右折し県道388号線を南へ2.3q。左折し0.1q。

・ 白河市と旧表郷村(現白河市)の境にある関山の頂上に、行基菩薩が開山と伝えられる満願寺がある。奥の細道を行く芭蕉も登ったという。その南側の登山口に硯石磨崖三十三観音がある。
 南斜面に約50mにわたって、杉の間に露出している安山岩に、三十三所観音磨崖仏が刻まれている。他に大日如来・来迎阿弥陀三尊像も見られる。てんてんと露出している岩に方形の龕を彫り窪め2〜4体の蓮華座に乗った観音像を厚肉彫りする。(10体ほどは一つの龕に彫られている。)像高は50〜40p程でこけが生えて風化が進んでいるが、彫りはしっかりしていて、かなりの腕の石工の作と思われる。江戸時代の作と思われる。    

 

石崎磨崖三十三観音          江戸時代    

・福島県白河市表郷梁森石崎           

・アクセス
 JR東北新幹線「新白河」駅よりJRバス「梁森」下車。南へ0.8q。
 自動車  東北自動車道「白河IC」より国道4号線を東へ2q。右折し1q、国道289号線を南東へ13.4q。右折し南へ0.8q。

・ JRバス「梁森」駅の南の石崎の都々古和気神社の西方、樫の木の森の中にあるてんてんと露出している安山岩に三十三観音などが刻まれている。
 観音像の多くが薄肉彫りに近い半肉彫りで、硯石の磨崖三十三所観音と比べると、写実性にかける。しかし、向かって右の上段にある六観音や左端近くにある如意輪観音を含む6体の観音は厚肉彫りで、卵形の独特の顔をしていて魅力がある。    


福島県の磨崖仏1

 福島県の磨崖仏3
福島県の来迎供養塔