田の神さあ(5) 神職立像型・神職座像型・神舞神職型

 シキを被りメシゲを持った田の神の中には、端正な姿で静かに立つ、神職をモデルにした田の神が薩摩地方に何体かある。その代表といえるのが山崎麓の田の神である(「寛政5(1793)」)。着衣の袖や裾など膨らみのある写実的な曲線で端正な顔と共に柔和な表現となっている。いちき串木野市にある川上の田の神中組の田の神は、神職姿で、シキをかぶりメシゲと椀を持った像で、顔が小さく袴が大きく広がり安定した姿に特徴がある。鹿児島市の木の下の田の神は笠状のシキをかぶり、右手にメシゲ・左手に椀を持った田の神で狩衣風の上衣をきた神職型の田の神で、石工の腕のさえが感じられる秀作である。

 大隅半島にはメシゲ・スリコギ持ちの座像の神職型の田の神像が多く見られる。その典型が右膝を半ば立てた趺座の形で組む志布志市有明町の豊原の田の神である。頭巾風のシキを被るが編み目などはない。曽於市の仮屋の田の神2も同じくメシゲ・スリコギ持ちの座像の田の神であるが膝を立ててはいない。森山の田の神広津田の田の神はともにメシゲ・スリコギ持ち大型の田の神で、単純明快な簡略な表現に特徴がある。仮屋の田の神1や鹿屋市串良町の堂園の田の神中郷の田の神は片膝を立てたメシゲ・スリコギ持ちの座像の田の神であるが、ユーモラスな庶民的で表情である。

 南大隅町の川北の田の神は頭巾風にメシゲを被り、メシゲ・スリコギを持って立つ神職立像型の田の神である(「享保16年(1731)」。鹿屋市の高隈町付近には鈴を持って中腰で神舞(カンメ・神楽)を舞う烏帽子をつけた田の神像が、何体か見られる。その中で最も古く(「明和2年(1765)」)、優れているのが上別府の田の神である。中津神社の田の神も同じく神舞神職型の田の神で赤・黒・白で見事に彩色されている。芝原の田の神は神舞神職型とメシゲ持ち田の神と融合したもので、シキを被り、右手にメシゲ、左手に鈴を持つ( 「文政12年(1829)」)。

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