田の神さあ(1) 神官型(神像型)

  鹿児島県から宮崎県の一部にかけて特色ある石像として「田の神」石像がある。村々の田のあぜ道に立つ、飯げ(めしげ)や椀・スリコギを持ち、甑簀(こしきす・シキ)を頭にかぶった田の神像は、「田の神様(タノカンサア)」として現在も信仰を集めている。

 田の神像はシキを被りメシゲを持ったものだけでなく、笏を持った衣冠束帯や直衣・狩衣の神官(神像)姿の田の神もある。これらの田の神は制作年代も古く、江戸時代中期にさかのぼる。神官型は宮崎から始まったと言われていて、その代表といえるのが「享保5年(1720)」 の刻銘がある小林市の新田場の田の神である。それに次ぐのは都城市高崎町の谷川の田の神(「享保9年(1724)」)である。共に椅子に腰掛けた、上品で優美な像である。えびの市中内竪梅木の田の神(「享保10年(1725)」)も同じく腰掛け型の田の神像で石の美しさや力強さを生かした重厚な彫りの像である。その他、高原町・宮崎市高岡町・宮崎県高崎町などに腰掛け型の田の神が見られる。

 腰掛け型の田の神は鹿児島県では伊佐市菱川町にも見られ、前目の田の神の、徳辺の田の神などかそれである。徳辺の田の神に日向の石工の刻銘が見られるように宮崎県の影響のもとつくられたものと考えられる。

 鹿児島県では神官型の多くは安座姿で県の有形民俗文化財の般若寺の田の神上木田の田の神などがそれである。神官型安座姿の紫尾田の田の神から正保元年(1664)という田の神像としては最古の刻銘が見つかり話題になったが、最近の研究では延享元年(1744)とされている。その他、湯之尾楢原の田の神小川内の田の神など伊佐市には多くの神官型の田の神像が見られる。宮崎県の岩満巣立の田の神桜木横手の田の神柚木崎の田の神も神官型安座姿の田の神である。

 鹿児島県の薩摩地方には神官(神像)型立像の田の神像がある。県の有形民俗文化財の養母の田の神坂下の田の神がそれである。

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