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弥勒石仏(5) 関山石仏群と湯田中弥勒石仏 |
| 新潟県の南部、長野県と接する妙高山の麓に平安時代後期から鎌倉時代にかけて制作されたと思われる塊量性に富む丸彫り像が35体ほどある。これらの石仏は「いけ込み式」あるいは、「植え込み式」といわれる上半身だけ彫られ下部は地中に埋められた石仏で、関山石仏群として県の有形文化財に指定されている。奈良時代より妙高山を霊山と仰ぐ修験道の道場として繁栄した関山神社の境内の妙高堂脇の覆屋内に25体、近所の民家の前などに10体散在している。かっては妙高山登山道に並べられていたといい、土地の人は、「ミルクさん」または「ミロクさん」と呼んでいる。 その内最大の石仏は関山神社の南東約100mにある空き地のコンクリート製の小さな覆屋に安置されている。総高120pほどであるが、いけ込み式の胸像という大胆な造形のため磨崖仏巨像のような雄大さを感じさせる石仏である。螺髪を略しているが肉髻の高い如来形で、右手は胸前に上げ、施無畏印のように見え、弥勒如来と思われる。豊満に張った顎、かすかに微笑む引き締まった面相、豊かに盛り上がった肩など充実感あふれる石仏である。 関山神社の境内の覆屋内に25体の石仏が並んでいる。いずれも高さ60p前後で、上半身のみ彫り、膝より下の彫りを省略したを省略した丸彫りの座像である。軟質の石材(凝灰岩)によって作られているため摩滅が大きくようやく目鼻立ちがわかる程度である。頭部に大きな肉髻を戴き、右手は胸まで上げた施無畏印のような印相をした如来像である。昔から弥勒如来説と阿弥陀説の二説がある。前述した最大の石仏に比べると顔は丸みをおびた像が多く、素朴でふくよかな温かさを感じさせる。中には、貞観仏を思わせる厳しい面相の像も見られ、一体一体個性的である。 前述した最大の石仏の近くにも粗末な覆屋5体ほどの上半身だけ彫られ如来像が安置されている。これらの像は境内の関山神社覆屋の像とよく似た像で、関山神社覆屋の像と比べると摩滅が激しい。 関山石仏群から30qほど離れた長野県にもいけ込み式の弥勒石仏がある。志賀高原の麓、湯田中温泉にある湯田中弥勒石仏(平穏弥勒石仏)で、湯田中温泉の外れの山麓に立派な八角形のお堂があり、その中に安置されている。「大治五(1130)」という平安後期の紀年銘のある資料的にも貴重な石仏である。駒形の安山岩の自然石に像高165pの如来座像を厚肉彫りしたもので、膝の下半から地中に埋もれている生け込み式の石仏である。頭部が大きく、顔は満月相で豊満な感じの石仏でる。右手は胸まで上げた施無畏印で胸に吉祥相の卍が彫られている。関山石仏群の最大の石仏と比べると迫力に欠けるが、巨像の風格のある弥勒石仏である。 石仏写真家、佐藤宗太郎氏は写真集「石仏の美V〜古仏への憧れ〜」の中でこれらの植え込み式の石仏を「弥勒仏が、経塚の地中から如来となって出現する姿を写実的に表現しようとしたものではないだろうか」と連想されている。これらの像は富山の日石寺磨崖仏などとともに北陸・信越地方を代表する平安時代の石仏で、磨崖仏を連想する巨像型の独立石仏として異色ある存在となっている。 |
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