弥勒石仏(3) 京都・近江の弥勒石仏1  

 平安時代前期の作と思われる滋賀県の狛坂寺跡磨崖仏は朝鮮の新羅時代の南山の七仏庵磨崖仏とよく似た優れた磨崖仏で中尊の如来像は、両手を胸前に上げ、右手を掌、左手は甲を見せた転法輪印で、弥勒仏(阿弥陀仏説もあり)と思われる。たくましい体躯で、威厳があり堂々としている。

 比叡山延暦寺の西院釈迦堂の裏山にある香炉ヶ岡弥勒石仏は像高2m余りの花崗岩製で、丸彫りに近い厚肉彫りの像で、光背は二重円光式で、左肩の一部欠けていて、6個の月輪内に梵字が陽刻されている。川勝政太郎博士によって「京の石仏」源流として位置づけられている。右手は甲を見せて膝前に垂らした触地印、左手は掌を見せて膝上においた与願印という珍しい印相で弥勒もしくは釈迦像と思われる。平安後期の作といわれている。同じく平安後期の弥勒石仏として、禅華院の弥勒石仏があげられる、もとは禅華院の近くの雲母坂にあった2体の石仏の一体で、(もう一体の阿弥陀座像に大治2年(1125)年の紀年銘がある)高さ81pの船型光背を背負った厚肉彫りの如来像である。右手を胸前にあげて施無畏印、左手は膝前におろして触地印と思われるので弥勒仏と考えられる。

 大沢の池のほとりには鎌倉時代の優れた石仏群がある。胎蔵界の五仏を中心とした約20体の石仏群で、光背を刻出せず、大きな岩を背負ったおおらかで迫力のある石仏群である。その中の向かって左側にある一体は蓮華を左に持った菩薩座像で弥勒菩薩と考えられる。清涼寺弥勒宝塔石仏は山門を入った右手にある石仏で高さ2mこえる大きな船型の花崗岩に、上に天蓋を陽刻して、その下に蓮華座に坐す如来像を半肉彫りしたもので、別石の反花座の上に乗っている。右手を胸前にあげて施無畏印、左手は膝前におろして触地印と思われる印相である。裏側に宝塔とその中にいる釈迦・多宝の2体の如来が彫られているので、弥勒仏と考えられる。
   (石の仏 「近江の磨崖仏」「京都の石仏」など 参照)